彼の手の中にあるものは、ポケットには到底入れられない四角い板。学生が自費で買うには辛い、財布泣かせの高価な代物。
「タブレット端末?」
便器に座らず、彼は画面の上と睨めっこをしながらぶつぶつと小さく呟いている。全てを暗記しようとしている集中の塊だ。
タブレットのカバーを閉じて、火事場の底力の本番に立った彼は、カンニング端末をトイレの便器の裏側に立てかけて出て行った。不衛生な行為だが、持って行くわけにはいかないのだろう。教室に入った途端、テストの点数もろとも没収だ。
「スマホで見ればいいのに」
一日目に金属探知機は使われていない。
「勉強をタブレットでしていたなら、移すのは面倒だし容量の関係で難しかったんじゃないか?」
「誰かに取られるかもしれない危険を承知で、休み時間中に立てかけておく方が心意気的に難しいよ。スマホの容量が厳しいなら、何かのアプリを一時的にアンインストールしたら済むことじゃん」
取られてしまえば何万円の損失だ。そして勉強の苦労も。
「後先のことを考えずにその日の気まぐれで行動する。人間にはよくあることだ。まあ大丈夫だろう……そういう油断をしてな。そしてその油断に足下をすくわれる」
幸哉はトイレの外へ出た。時環もついて廊下に出る。その足は立ち止まった。