何を隠そう、私は上杉謙信の大ファンだ。
 依怙によって弓矢は取らぬ。ただ筋目をもって何方へも合力す。
 私利私欲によっては決して戦わず。道理を重んじる。敵であっても塩を送るあの精神。まさに戦国時代のイケメン筆頭ではないか。
 歴女としては、一番の推しである。
 彼に比べれば今の男など中身がなくて話にならない。
 ああ。
 一目でいいから、本物の上杉謙信に会ってみたい。
 その一心で私は必死になって研究を続け、ついにある世紀の大発明をした。
「ようやく完成したわね。これで長年の悲願がついに!」
 うっとりしながら、私はスイッチを押す。
 ごてごてした機器がけたたましい音を立てて動き出す。この怪しげなマシンは時空転移装置。つまりはタイムマシンだ。いかなる時代の者でも自由に呼び寄せることができる優れもので、記念すべき第一号に私は迷わず憧れの彼を選択した。
「さあ、いでよ。歴史に名高い越後の軍神!」
 激しい輝きが生まれ視界が光に染まる。
 最初になんて声をかけようか。言いたいこと伝えたいこと聞きたいことが山のようにある。胸の鼓動が激しく波打った。
 閃光のなかに一つの人影が生まれる。
 時空が歪み、過去が未来とが確かにつながり合う。やがて、はっきりとした輪郭ができあがり万夫不当の英雄がここに降臨する。
 切れ長の目に、整った顔立ち。
 すらりと長い手足に、引き締まった体つき。
 そして、何より目を引くのはその豊かな胸の双丘……って。
「女だと!?」
 あまりのことに、私は我を忘れて絶叫した。
「うん? ここはどこだ? そなたは一体?」
 同性の私でも見とれてしまいそうな絶世の美女が、戸惑ったようにこちらを見下ろしている。高い声も女性そのもの。
 まさか。
 本当に?
 おそるおそる、私は問いかけた。
「あの。失礼ですが……上杉謙信さんでしょうか」
「うむ。如何にも」
 自分の中で何かが音を立てて壊れていく。
 長年大切にしまいこんでいた何かが。

「チェンジで!」
 
 私は憧れの人を即時元の場所に送り返した。