おっさんが、イーリスに帝国を追い詰める作戦を耳打ちして、ラインリッヒ公国の公都の裏路地を慣れた足取りで歩いている頃・・・。
カリンは、”魔の森”改めサイレントヒル自治区に出来たダンジョンにアタックをしていた。
サイレントヒルは、カリンが名付けた。おっさんの出身が静岡県だと聞いて、”サイレントヒル”と付けたのだ。おっさんは、別に名前には拘りが無かったが、”勇者”たちに知られたら厄介だと思っていたが、カリンの中で勇者たちとの対決を望む気持ちが芽生えてきたのかと思って、承諾した。
おっさんは、別の名前を考えていたのだが、カリンのアイディアを採用した。
黄龍が何故か気に入ってしまって、そのままになっている。
ラインリッヒ公国との公式文章にも、”サイレントヒル自治区”と書かれてしまって、今更変える事が出来ない状況だ。
周辺国との公式文章も同じ名前が使われることが決定しているために、おっさんも諦めている。
おっさんとカリンとバステトが住んでいる場所は、サイレントヒル自治区の中にあるが、もっともらしく”庵”と呼んでいる。こっちは、おっさんの命名だ。庵というには、大きな建物だが、世捨て人が住んでいるのは正しい。
カリンは、ダンジョンには、アキとイザークを伴っている。
同時に、ラオやイザークと一緒に生活をしていた子供たちを連れている。
普段は、朱里を伴うだけだ。時々、バステトが一緒にアタックしているが、本格的なアタックをしていない。玄武が起きて来るのを待っている。実際には、バステトの契約者であるおっさんが一緒でないと、バステトさんの力は半分以下に制限されてしまうことも影響している。
もう一つの理由は・・・。
「姉ちゃん・・・」
「どうしたの?」
イザークが遠慮したような声で、カリンに話しかける。
「いいの?」
イザークだけではなく、アキも心配そうな表情で、カリンを見てから、連れてきていいと言われた子供たちを見る。
自分たちだけでもカリンには負担になっている。そのうえで、自分たちよりも幼い子供たちが一緒だ。
「大丈夫。深い所には行かないよ?それに、イザークたちが強くなるのは、私たちにもメリットがあるのよ?」
「え?」
「知りたい?」
「うん!」
アキは、カリンの言葉を聞いて、考え始めたが、イザークは素直に教えて欲しいと思っているようだ。
「イザークは、私とまーさんの最終的な目的は聞いた?」
首を横に振る。
しかし、それはイザークが覚えていなかっただけだ。アキは、目的を聞いている。覚えていたので、イザークを軽く殴ってから、覚えていた内容をカリンに話した。
「そう。この場所に封印されている邪神の討伐。討伐が難しければ、聖獣の力を使って再封印を行う」
「うん!覚えている!覚えていた!」
イザークのセリフをアキは少しだけ・・・。本当に、少しだけ冷めた目線を流しただけで、終わらされた。イザークの態度から、おっさんとカリンの目的を忘れていたのは間違いない。
「ねぇねぇカリン姉ちゃん。邪神って何?」
ラオが話に割り込んできた。ラオは、カリンに助けられたと思っているのか、カリンに懐いている。カリンも、弟が出来たように感じて、ラオを可愛がっている。実際には、イザークやアキも弟や妹と思えるくらいに可愛がっている。
カリンは、ラオの質問に、ザクっとした説明をした。
正直な話として、カリンは邪神やダンジョンの最下層に居る者の話は知らない。おっさんと黄龍が話している内容を聞きかじっただけだ。
「悪い奴を倒すの?」
「そうだよ。それに、イザークやアキだけではなく、ラオたちにも協力して欲しいの?できる?大変だよ?」
「できる!」
ラオだけではなく、他の子供たちも、カリンの言葉に”できる!”と答える。ラオ以外の子供も、カリンとおっさんが皆の命を救ったのだと解っている、今の生活があるのも、カリンやおっさんが助けてくれているのだと知っている。だから、カリンやおっさんからの頼み事は、皆で話し合って頑張ろうと決めていた。
「よかった。イザーク。さっきの答えだけど・・・」
「カリンさん。私たちは、まだ弱い。でも、強くなれば、カリンさんやまーさんの役に立てますか?」
「そうだね。それに、今でも十分に、アキやイザークたちは、私やまーさんの役に立っているよ?」
「・・・。ありがとうございます。でも、私は・・・」
「アキ。ありがとう。でも、無理はしないで・・・。それに、アキやイザークたちが強くなれば、選択肢も増えるでしょ?」
「選択肢?」
「あぁ強ければ、そのままラインリッヒ公国の騎士を目指してもいい」
カリンは、イザークに未来を考えて欲しいと思っている。自分の未来を自分で決めるには、強さが必要だ。力の強さだけではなく、知恵も付けなければならない。イザークには、アキが居る。しかし、イザークにも、知恵を付けるだけの土壌があるようには感じていた。
その為に、カリンはイザークにも問いかけて、自分で考えるように伝えている。
「カリンさん。私たちが、力を付ければ、まーさんやカリンさんが助かるのですか?」
アキの率直な意見だ。
そして、先におっさんの名前を出すあたりも、アキらしい。
「そうね」
「でも、私たちがどんなに強くなっても、邪神には・・・」
「うん。アキなら気が付くとは思うけど、最下層に到達できるとは思えない。そもそも、連れて行かない」
「え?」
驚いたのは、イザークだ。
当然の様に、着いて行くと思っていた。英雄譚で書かれるような戦いを行えるのだと・・・。
「はい。まーさんとカリンさんが私たちに望むのは・・・。物資の確保?情報?あとは・・・。拠点?」
カリンは、アキの発言を聞いて、表情を崩してから、拍手をした。
おっさんからカリンが頼まれた事だ。子供たちを育てて、ダンジョン内に作る拠点の維持を頼むつもりだったようだ。もちろん、子供たちが拒否すれば、拠点整備でも世話になった者たちを頼るつもりで居たのだが、眷属だけで拠点の維持をするのは、あまりよくないと考えていた。
中層以降なら、安全を考えれば眷属が主体となるのだが、低階層は眷属以外が拠点の維持を行ったほうが良いと言われている。
おっさんは、自分がイザークやアキを育てると言っていたが、カリンに役目を変わってもらった。カリンの申し出を、おっさんは承諾した。カリンの熱量が凄かったこともある。
カリンとしては、おっさんに近づく異性を増やしたくなかった。
この頃になると、カリンは自分の気持ちを隠さなくなってきた。アキは、確かにおっさんに淡い恋心を抱いていたが、年上の頼れる男性としての域を出ていない。カリンと張り合ってまでおっさんの歓心を買おうとは思っていない。
カリンも、アキと話をするようになって、アキたちの事情を知って、どこか納得した。
そして、アキたちがサイレントヒルで生活ができるようにサポートするようになっていた。
ダンジョンでの訓練も、アキたちが生活を安定させるための一つだと考えている。
カリンは、おっさんが返ってくるラインリッヒ公国の公都に行く予定にしていた10日間を、ダンジョンの中で過ごした。
低階層で、子供たちの戦闘訓練を行った。
最終的には、20階層まで到達が出来るようにしたいとは思っている。
まだ、3階層での戦闘訓練をしているが、連携していれば、怪我もしなくなったので、一度帰ってから、おっさんと話をして今後の計画を練り直そうと考えている。