辺境伯領に到着してから、おっさんとカリンは着実に足下を固めている。
カリンは、おっさんの期待通りに、ギルドで頭角を表し始めている。
カリンが受けている依頼は、主に採取に偏っている。
それには、深くもない理由が存在していた。
「カリンちゃん。今日こそ、俺たちのチームに」「カリン。お姉様!男。臭い。消えろ!」
ギルドに顔を出すと、毎回の様にいろいろなチームから誘われる。ギルドは、カリンの事情を把握している。ギルドに伝えられている事情は、おっさんが念入りに考えて、イーリスとフォミルと巻き込んで作った事情だ。ギルドとしては、優秀なカリンを手放したくないので、ラインリッヒ家とイーリスの名前が付いた”お願い”を、表面的に受け取っている。
カリンは、すでに”まーさん”とパーティーを組んでいる(つもり)なので、勧誘のすべてを断っている。
正確には、ギルドに来ている申請もすべて拒否している状況だ。
「カリン様。本日は?」
ギルドの受付には、カリンの(表の)事情が周知されているために、カリンへの勧誘を含めて伝える事はない。
「いつも通りです。お願いできますか?」
「かしこまりました。個室を用意します」
カリンを特別扱いしている訳ではない。
複数の採取を行って、討伐証明を多く持ち込んでいる者には、ギルドの処置として個室を利用することを推奨している。特に、カリンが持っている魔道具は、外に知られない方がよいという判断だ。
「ありがとう。先に、裏で提出してくるね」
カリンは、イーリスから初代の話を聞いて、”収納”が勇者に由来しているスキルだと知った。収納持ちだと解れば、少しだけ”感”が働く者は、カリンと勇者を紐づける可能性がある。そのために、おっさんはイーリスに綺麗だけど、使い込まれたバッグを用意させた。カリンには、収納を使う時には、バッグに仕舞ってから収納するように伝える。
そして、バッグは先祖代々の逸品で、初代が生きていた時に、武功を立てて、勇者から下賜された物だという謂れを作った。流れ流れて、カリンが使っているというアンダーカバーだ。これで、カリンは、落ちぶれた貴族の遺児や庶子ではないかと勝手に周りが考える。
そして、実際にバッグを盗まれても、カリンは何も困らない。盗んだ奴も、実際には空間拡張がされていないバッグだと文句を言えば、自分が盗んだと言っているような物だ。カリンとおっさんは、そこにも言い訳を用意していた。バッグが戻ってきて、”嘘つき”呼ばわりされたとしても、カリンは何も困らないのだが、このバッグは利用者の設定があり、設定者にしか使えない。と、いうテンプレの設定をつけ足していた。
実際にカリンは、何度か、脅されている。そして、力で奪おうとした者を撃退している。カリンに撃退された者の中に、ギルドのランクで上位に名前を連ねる者が居た。そのために、カリンはいろいろなパーティーから勧誘されてしまっている。
力を示しながら、カリンは日々、新米のハンターでも見向きもしない採取だけを行っている。
「はい。鍵をお渡しします」
カリンは、受付から鍵を受け取って、ギルドのバックヤードに続く扉を開ける。渡された鍵は、個室の鍵だが持っていれば、バックヤードへの扉が開けることができる。
「お!嬢ちゃん!」
バックヤードに入ると、顔なじみになっている職員から声を掛けられる。
「こんにちは」
「今日も、採取か?」
一部の者にしか知られていないが、カリンに話しかけているのは、ラインリッヒ辺境伯領にあるギルドをまとめているギルドマスターの一人だ。カリンは、もちろん事情を知らされているが、本人から前と同じ扱いで頼むと言われて、気安い話し方に戻している。
「うん。まだ、薬草が足りないって依頼があったから。それに、何種類かポーションの材料とか採取してきたよ」
「そうか、そうか、そりゃぁ魔女たちが喜ぶな。嬢ちゃんが来るまで、自分たちで採取に出かけて・・・」
魔女と表現しているが、女性だけではない。男性も存在している。正確には、錬金術を嗜む者たちをギルドでは伝統的に”魔女”と呼称しているだけだ。魔女たちは、自ら採取を行うために森に入って帰ってこなくなる者が存在する。特に、若手が犠牲になる例が多い。そのために、ギルドに護衛を依頼するのだが、今度はギルドへの依頼料が必要になり、結果ポーションの値段が上がってしまう。ポーションの値段が上がってしまうと、それを使う者たちを護衛で雇っているために、依頼料も上がってしまう。この悪循環を断ち切ったのが、カリンだ。
実際には、おっさんはポーションの値段が日々上がっている状況を見つけて、カリンに指示を出したのだ。おっさんも、カリンとバステトなら採取だけなら危ない目に合わないだろうと考えたのだ。
そして、魔女たちはギルドから納品される高品質の薬草でポーションを作り、値段も徐々に落ち着いていった。
カリンへの感謝の気持ちが出始めた時に、カリンは魔女たちと接触して、ポーション作りを教わり始めた。近い将来、森の中に拠点を作るときに、必要な技術だと考えたのだ。
おっさんは、カリンが採取してきた薬草を、栽培できないか実験を行っている。これも、森の中に移住した時の資金源にするための布石だ。
「うん。聞いているよ。自分で採取して、ポーションを作っては大変だからね。それに、採取なら一人でもできるからね」
”にゃ!”
カリンが一人と言った時に、足下でバステトが抗議の声を上げる。
「あっ。一人じゃなかった。バステトさんに居たよね」
カリンの言葉を受けて、足下に居たバステトはカリンの肩に移動する。顔を、カリンに擦り付けるようにして親愛を表現する。
「ハハハ。本当に、嬢ちゃんたちは、いいチームだな」
「もちろん!」
「そうか、物を出してくれ、今日も、大量なのだろう?討伐もしたのだろう?」
「そうだね。あっ。採取の時に、魔物が居たから、倒しておいたよ。それも買い取りでお願い」
「わかった」
カリンは、男性が指示する場所に、採取した薬草を取り出す。一緒に、依頼があった毒草なども提出していく、採取物を提出してから、依頼と依頼以外を分ける作業を行う。最初の事は、分けずに全部一緒に提出していたが、最近は受けた依頼ごとにまとめるようにしている。ギルドも、カリンの採取が丁寧なことや品質が高いことから、分けて納品を推奨した。カリン以外が、採取した物は品質が悪くなっているために、ギルドが一括で預かって、依頼別に分ける手間が発生していた。
採取の品質がよくなるのは、もちろんカリンの採取が丁寧だからという理由もあるのだが、知られていない理由として、バステトのスキルが影響しているのだが、わざわざ教える必要はない。バステトは、カリンの契約獣だと思われている。ギルドには、正確に申請をしているが、ギルドがワケアリなカリンの事情を外に流す事はない。
カリンは、ギルドでの評価を上げながら、森の探索を行っている。
森は、国境となっているが、明確な境界線が引かれているわけではない。各国が適当に言っているだけなのだ。空白地帯になっている。逃げ出すのなら、隣国だと一般的には考えられているのだが、おっさんの構想では”他国”に逃げても結局は権力者の目に止まれば、また逃げ出さなければならない。それなら、国が手を出しにくい場所に逃げるのが良いと考えている。
教会に保護を求めるのもひとつの手段だとは思うが、結局は権力構造が変わるだけで、”保護”という体裁に変わるだけで、自由が無くなるのは、何も変わらない。それならば、自由をひたすら求めた方が”まし”だと考えている。
おっさんは、カリンに構想を告げて、カリンは辺境伯領に残っても構わない。残って、イーリスに協力していた方が、安全で自由を謳歌できると解いたのだが、カリンはおっさんとバステトと一緒に森に逃げる事を選んだ。
カリンが、地道に資金とギルドからの信頼を勝ち得ている時に、おっさんは領都に蔓延るアンダーグラウンドの組織との接触に成功していた。