まーさんとカリンは、ラインリッヒ辺境伯との話し合いを終えて、食堂に移動していた。
「まーさん?」
「どうした?」
膝に、バステトを載せて、モフモフの毛並みを堪能しながら、カリンがおっさんに、”なに”か、聞きたいような素振りを見せる。
正面に座ったイーリスをチラチラ見ることから、イーリスに聞かせたくないことだろう。
「イーリス。悪いけど、なにか飲み物を頼む」
「え?あっそうですね。わかりました。まー様は何がいいですか?」
「俺は、そうだな・・・。アルコールという気分じゃないから、噴水の所で屋台を出しているボッさんの所のミックスジュースを頼む」
「また、そういう面倒なことを・・・。カリンも、同じでいいですか?」
「あっ・・・。うん。ありがとう。私も、まーさんと同じ物をお願い。イーリス。ありがとう」
「いえいえ。それでは、行ってきます。あっ。まー様。カリン様。食堂と厨房には、人が居ませんので、なにか食べたいのならご自分でご用意ください」
カリンの態度と、おっさんの言い方で、席を外したほうが良いだろうとイーリスは判断した。
食堂に待機しているメイドも一緒につれていくと宣言した。おっさんは、イーリスの気遣いに感謝をしながら、軽く手を揚げるだけにとどめた。
イーリスがドアから出ていって、食堂のドアが閉められたのを確認して、おっさんはカリンに話しかける。
「心配事?」
カリンは、バステトを撫でる手を止めて、おっさんを見る。
「う、うん」
「何?必ず、解決できるとは言わないけど、話してみない?」
「まーさん。そこは、”俺に任せろ”くらいは言って欲しい・・・。と、思うけど?」
「出来もしないことを言うような、蛮勇は持ち合わせていません。それに、おっさんには、似合わないセリフだと思うよ?」
「えぇそんなことはないですよ?まーさんは、十分・・・」
「十分?」
「なんでもない!」
カリンは、咳払いをしてから、バステトをまーさんに渡した。
まーさんは、渡されたバステトを腿の上に乗せて顎の下をなでてやると、バステトは気持ちよさそうに喉を鳴らしてまーさんの腿で丸くなった。
「それで?」
「うん。まーさん・・・」
「なに?」
「お酒・・・。お酒を飲んでみたい!この世界なら、成人しているし!いいよね?ダメ?」
「・・・。ん?いいと思うぞ?」
おっさんは、カリンが、すごく深刻な表情で悩んでいたから、なにか深刻な事態になっているのかと思って、人払いをした。それが、お酒を飲んでみたいと言われて、拍子抜けしてしまった。
「まーさん?」
「そうだな。カリンも、辺境伯の領に移動したら、ギルドに出入りするだろうし、アルコールの限界は知っておいたほうがいいだろう」
「うん!うん!」
「そうだな。聖魔法のレベルアップはしておこう」
「え?」
「アルコールは”毒”と同じだから、”解毒”で酔いがひく。自分にかけるとして、どこまで飲んだら、発動できなくなるのかは知っておいたほうがいいぞ」
「わかった。”解毒”ができるようになったら、お酒を飲ませてくれる?」
「そうだな。でも、王都では辞めておこう、王都を脱出してからにしよう」
「うん。わかった」
カリンは、おっさんとお酒を飲んでみたいと思っていた。大人というには、見た目が若くなってしまっているが、おっさんは、おっさんだ。大人の男性と触れ合ってきていなかったカリンにとっては、父親を覗いて始めて信頼ができる大人な男性なのだ。
おっさんは、カリンの話を聞きながら、王都を出てからのことを考えていた。
「まーさん?」
「すまん。それで、準備は大丈夫そうなのか?」
「うん。イーリスに渡す物は作ったし、あとは移動の時に必要になる物くらいかな?」
「そうか、武器はどうする?盗賊や山賊の退治は、辺境伯の護衛がしてくれるとは思うけど、自分の身は守れるようになっておいたほうがいいと思うぞ」
「え?」
「王都は、安全だと言われているけど、裏路地とかで、しっかりと襲われたからな」
「・・・。えぇぇぇぇ。襲われたの?大丈夫だったの?」
「あぁ。王都でも、治安は悪いからな。辺境伯の領地までに何があるかわからない。最低限の武装は必要だろう?」
「うっうん」
「女子だと、学校で体育でも習っていないよな?」
おっさんは、古い人間で、剣道や柔道だけではなく、抜刀術なんて物を中学の時に習っていた。所謂、”左目の邪眼が・・・”的な病気の時に、刀がかっこいいと思っていた。剣道や柔道は授業で習っただけなので、基礎の基礎程度だが、抜刀術は”心の病”が治ってからも、通い続けた。家族と一緒に居るよりも、道場の主と一緒に居たほうが心地よかったからだ。
「うん。あっでも、まだパパが・・・。ううん。子供の時に、護身術を習ったよ?あと、弓道をやっていたよ?」
「そうか、護身術は、身体能力が上がったから使えるかもしれないな。弓道は微妙だな」
「え?弓があるよね?」
「あぁ・・・。有るけど、見てみるか?」
「うん!」
おっさんは、ドアの前で待機しているメイドにお願いして、おっさんの部屋にある短弓と長弓を持ってきてもらった。
カリンは、弓を見て、眉を寄せる。日本で使っていたものとあまりにも違い過ぎたからだ。品質という意味もあるが、丁寧に作られた物だが、競技用の弓との違いは歴然だ。
「う・・・」
「どうだ?俺には、使えなかったから、カリンが使えそうなら渡すぞ?」
「借りていい?試してみる」
「いいぞ。でも、弓はコストを考えると面倒だぞ?」
「うっうん」
「矢が違い過ぎて、自分で作られないのなら、金銭的にも高く付く上に、決定力を上げる方法を考える必要がある」
「わかった!弓は試すけど・・・。あっ!まーさん。武器があるなら、貸して欲しい。試してみる」
「いいぞ。護衛たちが庭で訓練しているから、模擬戦用の武器が有ったはずだぞ」
「あ!そうだった。試してから決めるね。そう言えば、まーさんの武器は?」
「あぁ・・・。鍛冶屋に作ってもらった、刀もどきだ」
「刀!日本刀!みたい!」
「いいぞ」
まーさんは、刀を取り出した。予備に作ってもらった太刀だ。まーさんにはちょうど良かったが、カリンには大きい物だったが、カリンはステータスの力を借りて、綺麗に振り抜いた。
「え?」
振り抜いた、カリンがまーさんよりも驚いていた。
二人で、話し合って、カリンも武器は”刀”にすることにした。実際には、刀が馴染んだのではなく、まーさんが刀を作るときに、手に馴染むようにいろいろと注文を付けていたのが、カリンにも合っただけなのだが、気持ちがいいと感じてしまったので、カリンは”刀”を武器とすると決めてしまった。そもそもの話として、カリンの職制は、”聖女”だ。刀を持って、戦うのではなく、後方で支援するのが正しい戦い方だ。まーさんも、カリンも、すっかり”聖女”だということを忘れていた。
その後は、帰ってきたイーリスを交えて、移動に必要な準備の打ち合わせを行った。準備は、主にイーリスが行ってくれることになった。
カリンは、護衛たちに混じって、模擬戦用の武器を試した。結局、杖を持つ可能性を考慮して、脇差と杖と太刀を持つことにした。
移動の準備は、1週間の時間が必要だった。
その間に、おっさんと一緒に鍛冶屋に行ったカリンは、脇差と太刀を作ってもらった。同時に、自分にあう弓の制作を頼んだ。カリンの武器と防具が完成したのは、出発の2日前だった。
そして、出発日の翌日が”勇者たち”のお披露目が中央広場で行われると、王都に告知された。