目の前に置かれた紅茶から湯気が立たなくなった位で、イーリスが部屋に入ってきた。

「おまたせしましてもうしわけございません」

「いや、いい。新しいお茶を貰えるか?」

「・・・。はい」

 イーリスは、扉の側に控えていたメイドに目配せをした。
 扉が開いた音がして、部屋からメイドが出ていった。

「常識が違う可能性があるから参考程度に聞いて欲しい」

「はい」

「待たせる可能性があるのなら、温かいお茶を客だけに出すな。そして、急に来られなくなったのなら、伝言を誰かに持たせろ」

「あっ」

「まーさん。まーさん」

「どうした?」

「伝言は、わかるけど、お茶はどんな意味があるの?」

「あぁそうか、社会人とかの経験が無いのだよな」

「うん。まぁじぇーけーです!」

「あぁ・・・。待ち合わせとかで、客を待たせる時に、お茶を出したりするのはわかるだろう?」

 まーさんは、カリンとイーリスの両方に問いかける。
 二人共、頷いている。

「客にだけ、温かいお茶を出すのは、”お茶が温かい間に打ち合わせが開始される”であろうと考える。時間がかかりそうなら冷める前に、お代わりを持ってきて、伝言をする」

 まーさんは、ここまで語ってから、出されたお茶を一口だけ飲む。

「温かい飲み物を出すのなら、会議に出る予定の人の分だけ最初から用意する。時間がかからないのなら、温かい間に打ち合わせを開始する」

「まーさん。なんで、全員分のお茶を用意するの?」

「例えば、客のお茶だけを出したら、どう思う?」

「え?わからないよ」

「そうか・・・。俺は、会議がこの部屋以外の場所で行われる予定で、誰かが呼びに来ると思っていた」

「・・・」

 イーリスが、少しだけ考えてから、まーさんの話を肯定するように頷く。カリンも、やっとまーさんが何に苛ついていたのかを理解することが出来たようだ。イーリスは、まーさんが話した内容は理解できないが、状況を考えると、配慮が足りなかったと考えた。

「メイドを一人でも部屋に残せば印象も違うぞ」

「まー様。本当に、失礼いたしました」

「いや、いい。たんなる愚痴だ。それよりも、なぜ遅れたのか教えてくれ、すぐに来る予定だったのだろう?」

「はい。豚からの使者が来まして、対応をしていました」

 イーリスは、言い訳をするようで心苦しいと言っていたが、まーさんもカリンも情報が欲しいと説得して、イーリスに、話せる内容だけでも話すように依頼した。

 イーリスが語ったのは、豚王の自分勝手さが際立つ話だ。
 まーさんたちを勝手に召喚しておいて、宮廷魔道士たちが倒れた。魔法陣に魔力を吸い取られたのは、あの場に居たものだけではない。他にも、数十人の魔道士たちが魔力の枯渇まで魔法陣に吸われた。それだけ、負担が大きな魔法陣なのだ。

 魔道士たちを使い潰した。
 簡単に言えば、それだけなのだが、勇者が召喚されれば、勇者たちが戦力に数えることが出来るようになる。そうなれば、すり潰した魔道士の変わりが出来る。魔力を限界まで座れた宮廷魔道士たちは、すぐに復活は出来ない。7-10日間くらいは休養させる必要がある。

 ここで誤算が生じた。
 勇者たちは、戦闘経験が無かった。当然だ。日本という安全な国で、上流国民として生活をしていた。他人を殴ったことはあるだろうが、反撃してくる者に攻撃をしたことなど無い。そんな連中が力を持っても、”戦い”など出来るわけがない。豚王たちは焦った。
 魔道士の数は、国の防御力に直結する。
 豚王たちは、王都にある王城さえ無事なら問題はないと考えている。しかし、魔道士の数が一時的にとは言え減ってしまうのは、自分たちを守る盾が減ってしまうのと同じ意味になる。
 そのために、魔法が使える者を豚王は急遽集め始めたのだ。
 集めるのはいいが、管理できるわけではない。その役目を、イーリスにやらせようとしたのだ。

「それで?」

「断りました」

「大丈夫なのか?」

「はい。大丈夫です。使者には、どちらでもいいように言われていたようです」

「??」

「豚からの使者は」「え?」

 まーさんが声を出して驚いた。
 イーリスが、豚と言い切ったのが驚いたのだ。自分に合わせて、豚王や豚宰相と読んでいるのだと思ったが、心の底からの侮蔑の感情を感じさせる、吐き捨てた様な言い方だったのだ。

「あっ。すまん。それで、使者は?」

「はい。使者は、辺境伯が手心を加えていました」

「ふーん」

「え?」

「あぁ気にしないでくれ、茶番にしたのだな。でも、イーリス殿の代わりは必要になってくるのだろう?」

「・・・」

「そうか、ロッセル殿が貧乏クジを引いたというわけだな」

「はい。本当の使者が届けてくれた書簡には、その旨が書かれていました」

「遅くなったのは、豚の使者を追い返すための・・・。違うな、金銭を渡したのだな」

 イーリスが、まーさんの顔を驚いた表情で凝視する。
 まさに、まーさんが想像した通りに、使者に金銭を渡して情報を引き出していたのだ。

 使者を追い返すだけなら簡単だ。イーリスは、王家に連なるものだ。命令に関しても、国王から直接言われたとしても、拒否できる立場にある。拒否したことで不利益が出たとしても、文句を言わないという条件はあるが・・・。それでも、使者に時間を使う理由など無い。

「はい。豚の部下は、豚以下です。銀貨数枚で、情報を売ってくれました」

「情報?」

「はい。勇者様たちに関して、豚たちが掌握している情報です」

「ほぉ。勇者たちの状況が解ったのか?」

「はい。勇者様たちの戦闘スキルが低いのが問題になっています」

「ん?当然じゃないのか?彼らも、魔法がない世界から来ているのだぞ?」

「そうなのですが、表の歴史には、勇者は召喚されてすぐに魔物討伐が出来たと書かれています。数々の魔法を使ったと・・・」

「それを信じたのか?いや、信じたかったのだな」

「魔道士を消耗して召喚したのに、即戦力ではなく・・・訓練が必要。それだけではなく、今の戦闘スキルでは、一般兵にも苦戦します」

「だろうな」

「はい。それで、戦闘訓練の話が出ているのですが、勇者様たちが拒否されていて・・・」

「まぁそうだろうな。甘やかされて育ったのだろう」

 まーさんは、カリンを見る。イーリスも、まーさんに視線誘導されて、カリンを見る。

「え?あっ・・・。そうですね」

 カリンは、二人からの視線を感じて、バステトの背中を撫でていた手を止めて、答えた。

「まー様?」

「勇者の今後は?」

「はい。戦闘訓練を拒否されていますが・・・」

「カードの契約で縛るのか?」

「はい。それも検討されているようですが、まずは貴族家で教育を行うようです」

「へぇ・・・」

 まーさんは、気がついたが、カリンが居るので、それ以上は言及しなかった。
 教育が、懐柔なのか、洗脳なのか、それとももっと違った方法なのか、まーさんにはわからない。それに、気にしてもしょうがないという気持ちのほうが強いのだ。

「まー様が気になるようでしたら、勇者様が入られる貴族家も解っております。間者を、潜り込ませますか?」

「うーん。必要ないかな?どうせ囲った貴族たちが自慢するだろう。自慢しなければ、勇者を囲っている意味は無いだろう。貴族からの発表がなくなってから、情報収集を始めても間に合うと思うぞ」

「まー様。なぜですか?」

「勇者たちに大金をつぎ込むのは間違いがないのだろう?もしかしたら、異性を使って懐柔するかもしれない」

「はい」

「そんな勇者に関する。情報公開をやめる意味は無いよな?戦力にしたいのだろう?自分は、『”こんなに”すごい力を持った勇者が味方だぞ』と言わないと意味ないよな?」

「え・・・」

「情報公開をやめるのは、勇者が必要なくなった時か、勇者が逃げ出したときだと思う。そうなってから、潜り込ませても情報は簡単に集められるだろう。貴族家としては、勇者の価値が下がったことを意味するから、情報を秘匿しようとしないだろう?秘匿しようとするのは、勇者が何かをしでかしたか、殺してしまった時だろう?」

「まーさん?」「まー様」

「ん?それに、俺たちが知りたいのは、勇者たちの動向であって、勇者たちがどうなっているのかではない」

 まーさんは、カリンを見る。

「はい。出来るだけ、関わりたくないです」

 カリンの言葉で方針が決まった。
 勇者たちの動向は調べるが、行動が重ならないようにする。イーリスたちに知識と情報を渡したら、まーさんとカリンとバステトは、王都を脱出する。
 すぐに動くのは目立つ可能性が高いので、勇者のお披露目が行われる日程に合わせることにした。

 明日の朝には、ロッセルがイーリスの屋敷に来るらしいので、勇者たちの情報を聞いて、行動を考える事になった。