大陸の覇者。そして、大陸4つある大国の一つであるアルシェ帝国。
 首都にある皇帝が住む居城にある。玉座の間と呼ばれる場所は歓喜に包まれていた。

「おぉぉぉぉ!!!」

 宮廷魔術師8名が成し遂げたのだ。

”勇者召喚”
 700年前に行われた儀式しか成功例がなく、4代皇帝の時代から禁忌に指定されていた儀式を宮廷魔術師たちが成功させたのだ。

 玉座の間に広がる大きな魔法陣。

 魔法陣には、大人の男性が1名。子供らしき男性が2名。同じく子供と思われる女性が4名。
 召喚された勇者に違いない。その場に居た皆が魔法陣の光が消えるのを待っていた。

「勇者!おぉぉおぉ!勇者!」

 煌めく魔法陣に向かって、栄養過多な身体で近づいていく。

「陛下。なりません。魔法陣に触れると勇者様へのスキル定着が失敗します」

 光り輝く鎧を全身にまとった近衛が皇帝を静止する。

「うるさい!うるさい!余が召喚した勇者だ。余が出迎えないでどうする!」

「陛下!皇帝が前に出てどうします?」

 近衛だけでなく皇后に叱責され皇帝は前に進むのを止めた。

「そうだな。勇者よ。聞こえるか?」

 玉座に戻った皇帝は、座り直してから魔法陣の中に居る勇者たちに向けて演説を行おうとしていた。
 混乱して言葉が出せないのを、勇者たちが自分に対して、尊敬の念を抱いて、恭順の意思を示していると夢想した。そのために、機嫌の良い声で語りだす。

 魔法陣の光は消えていない。より強く光りだす。
 何を言っているのかわからない皇帝の演説だったが、光が弱まってきたのを見て、皇后が皇帝に声をかけた。

「陛下!まずは、勇者様たちのご確認をしなければなりません」

「そうであった。宰相!」

「はっ」

「貴様に任せる。良きに計らえ」

 呼ばれたのは、やはり栄養を過大に摂取している体格を装飾過多な服で隠している男が一歩前にでる。

 まだ光が衰えない魔法陣の中に向かって、宰相と呼ばれた男が話しかける。

「あぁ儂はアルシェ帝国の偉大なる宰相閣下である。エステバン・ブーリエだ。ブーリエ閣下と呼ぶように!」

 魔法陣の中からは何も返答がない。

「言葉は通じているのだな」

 宰相は近くにいた宮廷魔術師に質問をする。

「はい。宰相閣下。資料によりますと、召喚された勇者は言葉が話せるようになっていると記述があります。魔法陣が消えるまで話が出来ないのかもしれません」

『あぁ・・・。アルシェ帝国の偉大なる宰相閣下。ブーリエ閣下。言葉は聞こえます。ただ、私以外の者は意識がはっきりしていないようです』

「お!!勇者よ。ブーリエは儂だ。話はできるのだな」

『はい。なんとか意味はわかります』

「よし。よし。陛下!成功です!」

「ブーリエ。まだわからぬ。初代様のときにも、勇者だけではなく、”無能者(ジョブがない)”も召喚されてしまっている。勇者以外が召喚されたら失敗だぞ!」

「はい。心得ております。勇者よ。陛下の声は届いておるな?」

『いえ、聞こえるのは、ブーリエ閣下のお声だけです』

「なに!そうなのか?」

『はい。ブーリエ閣下のお声も小さく集中しないと、偉大なるブーリエ閣下のお声が聞こえません。出来るだけ、ゆっくりと大きなお声で話していただけると幸いです』

 宮廷魔術師が宰相に近づいて小声で勇者召喚に関する事柄を告げる。

「宰相閣下。勇者様は召喚時に鑑定と生活魔法を習得しているはずです。それで、ご自分で鑑定をして頂いてジョブをご確認いただければどうでしょうか?鑑定カードを取りに行かせていますが、その前に確認できると考えます」

「そうか・・・。陛下?」

「必要ない。鑑定カードがあればジョブもスキルも称号もわかる」

「しかし、陛下」

「なんだ?」

「隠蔽や偽装スキルで隠されてしまったら?」

「”勇者”を隠す必要はない。勇者なら手厚く保護し名誉も金も女も男も好きにできるのだぞ?巻き込まれた奴は、巻き込まれた一般人の称号がつくのだよな?」

「はっ」「さすがは陛下!この宰相であるブーリエ。感服いたします」

 魔法陣の光が徐々に薄くなっていく。
 魔法陣の周りには、勇者召喚を行った宮廷魔術師8名が魔力を使い果たして倒れている。

「おぉぉぉぉ!!」

 光が消えて、魔法陣が存在していた場所に、高校生の男女6名とおっさんが立っていた。

 おっさんが一歩前に出た、おっさんの後ろに隠れるように女子高校生の一人が座り込んでいる。
 それから少しだけ離れた位置になるが、魔法陣の中心と思われる場所に、男子高校生二人と女子高校生三人がやはり座り込んでいる。

 魔法陣が消える数秒間。
 おっさんは首を動かさないようにできる限りの情報を得るために周りを見る。

 入り口だと思われる場所になにかを持って走り込んできた者が居た。

--- 少しだけ時間を巻き戻してみる ---

(おいおい。安っぽいラノベか?)

 おっさんは光り輝く魔法陣の端の方に居た。
 中心部には、神田小川町のとある公園で荷物を持たされていた女子高校生と猫をいじめようとしていた男子高校生二人と取り巻きとも取れる女子高校生3人が座って呆然としている。荷物を持たされていた女子高校生はいじめられそうになった子猫を抱きかかえて逃げようとしていたところにおっさんが通りかかった。
 おっさんは女子高校生を後ろに庇いながら子猫は自分の飼い猫で探していたと告げて、女子高校生にお礼を言った。
 もちろん嘘である。嘘であるが、大人が言っているセリフを高校生が否定するのは難しい。
 おっさんはとっさに子猫には名前があり、『大川大地(おおかわだいち)』という名前で世にも珍しい名字と名前を持つ()()()()()()()()()だと説明した。ついでに、勇者を導く聖獣の一柱で西を守護する白虎の生まれ変わりだとトンデモナイ説明を付与したのだ。

 その瞬間に、おっさんを含めた7名の足元に大きな魔法陣が現れた。
 おっさんはとっさに逃げようとしたのだが背中に匿った女子高校生に服を掴まれて逃げ出すことが出来なかった。

(お!大川大地も無事にこっちに来てしまったのだな。まぁしょうがない。定番だと王様辺りが出てきたら、ダメな召喚で、姫様が出てきたら話を聞く価値はある程度の召喚だろう)

 おっさんは周りを見るが高校生たちは目の焦点があっていない。
 唖然とした表情なのだろう。服の袖を掴んでいた女子高校生は、少しはましな状態だと判断した。

「あの・・・」

「し!小声で話して、外との交渉は俺がやってみる。君たちもいいよね?」

 おっさんは側に居る女子高校生だけではなく、離れた場所で唖然としている5人にも聞こえる程度の声で話しかける。5人は慌ててうなずくことから意識は大丈夫なようだ。

 おっさんの胸元からも「にゃ!」と小さくなく声が聞こえた。おっさんは、大川大地を隠すことにしたい。

「大川大地さん。静かにしてください。鳴いてはダメですよ」

「にゃ!」

 おっさんは、お腹の辺りで丸くなる大川大地を手で抑えながら近くに居た女子高校生にだけ聞こえるような小声で話しかける。

「それから、君。ラノベとか読む?」

「え?私ですか?」

「うん。君の友達なのかわからないけど、彼らは本なんて読まないでしょ?アニメにも興味があるようには思えないから、君くらいかな?」

「あっはい。ラノベも好きです。異世界転生者も読みます」

「それは重畳。勇者召喚に二種類あるのはわかる?厳密には召喚失敗パターンもあるけど?」

「あっ!わかります!」

「うん。多分、ほら正面を見て・・・。これでわかるよね?」

「・・・。はい。残念ながら・・・」

「帰るのは絶望的だ・・・」

「私は、帰りたくないので大丈夫です。待っている人もいません」

「そうか・・・。彼らは?」

「自分たちでなんとかしてもらいましょう。彼らもその方が良いでしょう」

「わかった。もし、俺の説明がダメそうなら袖を引っ張ってね」

「わかりました」

 おっさんと女子高校生は素早く情報交換を済ませた。
 中央に居る高校生たちは無視することにしたのだ。おっさんは、”猫”が好きなのだ。”猫”を蹴ろうとした奴の面倒まで見るつもりはなかった。止めなかった奴らも同罪だと判断している。助けようとした女子高校生が、話のわかる娘で良かったと思った。


 東京都内。神田神保町と言えば、古本屋が有名だが、一年を通してウィンタースポーツ用品を売る店舗が多くある。それに伴い、若者も多く訪れる街だ。スポーツ用品店は西日が入っても問題ないが、古本屋には西日は天敵だ。そのために、店舗の棲み分けもしっかりできていている不思議と融合された街になっている。
 そんな神保町から靖国通りを東に進んだ場所に、小川町という街がある西に行けば神保町、東に行けば淡路町、もう少し進めば秋葉原。立地面は最高な場所である。喧騒もなく静かな街でもある。住宅街ではなくオフィス街になっている。

 そのおっさん(49歳独身)は、都営新宿線小川町のB5出口近くの雑居ビルに事務所兼住居を構えていた。
 アルコールは付き合い程度に嗜み。ギャンブルは一切やらない(事になっている)。特定の彼女は居ないが女性と付き合いが無いわけではない。ただ、長続きしないだけなのだ。おっさんは、自分の過去は話さない。
 出身が、小さな港町だという事以外を語ろうとしない。心を許している数名の親友と呼べる人たちにさえおっさんは自分の過去を話していない。
 中学生の時に発生したいじめを発端とした自殺事案と自殺を発端とした同窓会での凄惨な殺人事件が原因でおっさんは地元を離れた。
 地元を離れて地元の事は一切しゃべらないと決めてから本当に誰にも話していない。

 おっさんの仕事を一言で表すと、”ブローカー”と言われるだろう。
 別に悪事に手を染めているわけではない。確かに、人付き合いは多い。官僚からヤクザの相談役まで人脈を持っている。ホームレスに知人が多い。

 おっさんの本名は一部の者しかしらない。皆、おっさんを”まーさん”と呼ぶ。企業に招かれた時には、それらしい名前を使う事はある。調査が入るような仕事のときには、仕事に入る前段階から知り合いに仕事を投げてしまう。顔合わせ段階で調査をするような会社はまずない。人と人と繋げるのなら会議室を使う必要もない。場末のバーで飲みながらでも問題にはならない。

 おっさんの事務所は、30平米程度の狭い事務所だ。おっさんは気に入っている。客が多いわけではない。何か資料が必要になることも少ない。知り合いのIT屋に頼まれて置いているサーバが数台とおっさんが普段使用している持ち運びができるノートパソコンが一台。税申告の資料を作ったり、NDAを作成したりするための事務パソコンが一台と、狭い事務所には不釣り合いな高級な複合コピー機が置いてあるだけだ。
 事務所は3つに区切られている。一つは小上がりにして畳を敷き詰めて真ん中に丸テーブル(こたつ)を置いてある応接室だ。掘りごたつのようにしている場所だ。もうひとつが事務所スペース。もう一つがおっさんの生活スペースになっている。寝るための場所と冷蔵庫と電子レンジと電気ケトルがあるだけだ。風呂は近くに銭湯のようなスパがある。

 おっさんの朝は早い。
 5時前には起きる。そのままスパに行って常連に挨拶をする。

「お!まーさん」

「おっちゃん。久しぶりだな」

 頭に備え付けのシャンプーをつけながらおっさんが答える。

「まーさん。最近はどうだい?」

「ん?おっちゃんに頼むような事案はないよ」

「そうか、そうか、それは重畳」

 おっさんは気楽に話しかけているのだが、このおっちゃん(推定50代後半)は近くにある大学の教授なのだ。たまに朝にスパに来て気楽に話をしているのだが、スパを出て表通りに移動すると秘書や部下が待っているような人物なのだ。

「おっちゃんはなにかある?」

「そうだ・・・なぁ。おっ!まーさん。システムに詳しかったよな?」

「詳しくはないが詳しい奴は知っているぞ?でも、おっちゃんのところならお抱えが居るのだろう?入札も必要になるだろう?」

「あぁ違う違う。どちらかというと・・・。あぁ難しいな。まーさん。秘書の1人と会ってくれるか?」

「いいけど、事務所に来てくれる?」

「そこまで大げさなことじゃない。この後、時間は有る?」

「大丈夫だ」

「そうか、まーさんの事務所は小川町だったよな?」

「そうだけど?」

「車で送る。秘書も一緒だから話を聞いて欲しい」

「わかった。歩かなくて済むのは助かるよ」

「ハハハ」

 おっさんとおっちゃんはお互いの名前を知っているが、呼ばない。マナーを守っている。活動拠点が近いのですれ違う場面もあるが、話しかけることはしない。髪の毛を洗いながら風呂につかって他愛もない話をする程度がちょうどよいのだ。
 お互いに貸し借りが発生しない範囲で情報交換をする。仕事になりそうな話もするがお互いで金銭のやり取りはしない。多くても、スパの食堂での食事程度だ。

 おっちゃんが先にスパを出た。おっさんもあとに続く形で外に出て、待っていた車に乗り込む。

「教授。それで?」

「秘書の長田から説明を聞いて欲しい」

「わかりました」

 おっさんが横を向くと、30代の男性が頭を下げる。

「私は、・・・・です。”まーさん”と呼んでください。名刺は持ってきていないので、電話番号だけで失礼します」

 いつものことだが、おっさんは呼び名を告げてスマホを取り出して相手に見せる。相手は、わかっているのか自分のスマホを取り出して連絡先を交換する。

「ありがとうございます。教授。どこまでお話をしておいでですか?」

「何もしていない。長田から話を聞いて欲しいとだけ伝えた」

「はぁ・・・。わかりました。まーさん。もうしわけありません。ご依頼したいのは」「あぁ。長田さん。困っていることを教えて下さい。依頼では困ります」

「そうでしたね。もうしわけございません。困っているのは・・・」

 おっさんは、秘書の長田から困っている内容を聞き取ってから、時間を確認してスマホを操作した。

「長田さん。今のお話ですと、企業側から来ているプレゼンや見積もりの妥当性を大学側に立って判断できる人間がいれば解決しますか?」

「そうですね。できれば、その後も進捗や機能の確認までお願いできればと思います」

「わかりました。都合がいいお時間をいくつか、頂けますか?先方に都合を聞いて向かわせます」

「え?あっ私は教授が居ないときでも大学に詰めております。火曜日と金曜日以外なら終日大丈夫です」

「わかりました。長田さんを訪ねる形で問題ないですか?」

「はい。研究所名と私の名前で大丈夫です」

 おっさんを載せた黒塗りの高級車が雑居ビルの前で停まった。車から降りて秘書の長田に最後の確認をして教授に頭を下げてから事務所に入っていく。事務所でパソコンを起動して今回の話にちょうどいい人材にメールを打つ。送信してすぐにスマホを取り出して送信した相手に電話をかける。電話口で簡単に説明して、今回の話にちょうどいい会社をやっている人間なのだ。

「それで?」

「いいよ。世話になっているからな」

「それは困る。10%でいいか?」

「5%でいい。その代わり、秘書になにか言われたときに対応してくれ」

「わかった。その時には、まーさんの会社経由になるけどいいのか?」

「そのために有るような会社だろう?」

「違いない。また頼むな。項目はSEO対策でいいか?」

「そうだな。システム屋らしくていいだろう?」

「ハハハ。わかった。先方と話をしてみる。何か動きがあったら連絡する」

「頼むな」

 人と人を繋げる。電話の内容を解説すれば、紹介した会社が受け取る支払いの10%をおっさんに仕事して振り分けると言ったのだが、おっさんは断って半分の5%で十分だと告げた。その代わり、大学や秘書からバックマージン(裏金)が要求された場合に5%までなら飲み込むように頼んだのだ。
 直接その会社からバックマージン(裏金)を出してしまうと発覚する場合が多い。監査が入ったら一発だろう。そこで、おっさんの会社を経由して別会社からの資金の流れを作るのだ。
 仕事として受ける内容は、金額が決まっていないような仕事になってくる。納品物がわかりにくい物になっている。

 これがおっさんの仕事なのだ。

”陛下!まずは、勇者様たちのご確認をしなければなりません”

”そうであった。宰相!”

”はっ”

”貴様に任せる。良きに計らえ”

 おっさんと女子高校生は、耳を澄ませて外から聞こえてくる言葉を聞いていた。

 おっさんは、女子高校生と魔法陣の中央に居る5人に向けて”シィー”と口の閉じるように指示を出す、男子高校生が不満げになにか言おうとしたが側に居た女子高校生に諭されていた。

”あぁ儂はアルシェ帝国の偉大なる宰相閣下である。エステバン・ブーリエだ。ブーリエ閣下と呼ぶように!”

(ブーリエ・・・。ブタだ。確定だな。ダメな召喚と考えていいだろう)

 魔法陣の中からは、外側の様子がはっきりと見えている。

(外からは、中の様子が見えていないようだ)

 おっさんは、女子高校生に話しかける。意見を聞きたいと思った。

「どう思う?」

「外からは、見えていないのでは?声も聞こえていないかも状態だと思います。あと、確実にダメな方ですね」

 おっさんの曖昧な質問に、意図を理解して、おっさんが望む答えを返した。おっさんは、女子高校生の評価を一段上げた。

 女子高校生も同じように感じていたようだ。
 小声と言っても普通に話している状況でブーリエには聞こえている様子はない。

 かなり相談がしやすくなったと考えたが、魔法陣の光が消える前に情報を引き出せるだけ引き出したいと考えた。

”言葉は通じているのだな”

”はい。宰相閣下。残された資料によりますと、召喚された勇者は言葉が話せるようになっていると記述があります。魔法陣が消えるまで話が出来ないのかもしれません”

「確定だな」

「はい。小声なら聞こえないようですね」

「よし、少し交渉しよう。頼むね」

「はい」

『あぁ・・・。あぁ・・・。アルシェ帝国の偉大なる宰相閣下。聡明で素晴らしいブーリエ閣下。言葉はわかります。ただ、私以外の者は意識がはっきりしていないようです』

 おっさんは少しだけ揶揄するつもりでブーリエの名乗りを使った。
 女子高校生は意図したことがわかったのか、”ぷっ”と吹き出していた。男子高校生たちは”宰相ってどのくらい偉い?総理大臣くらいか?”とか必要のない情報に食いついていた。

 おっさんは、自分だけが話ができると思い込ませた。

”お!!勇者よ。ブーリエは儂だ。話はできるのだな”

『はい。なんとか意味はわかります』

”よし。よし。陛下!成功です!”

”ブーリエ。まだわからぬ。初代様のときにも、勇者だけではなく、無能者も召喚されてしまっている。勇者以外が召喚されたら失敗だぞ!”

”はい。心得ております。勇者よ。陛下の声は届いておるな?”

『いえ、聞こえるのは、ブーリエ閣下のお声だけです』

 ばっちり聞こえているがあえてブーリエの声しか聞こえないと登場人物を増やさないで話をする方法に持ち込んだ。

”なに!そうなのか?”

『はい。ブーリエ閣下のお声も小さく集中しないと、偉大なるブーリエ閣下のお声が聞こえません。出来るだけ、ゆっくりと大きなお声で話していただけると幸いです』

 これももちろん嘘である。
 こうすることで、勇者に聞かれたくないことや陛下と呼ばれた者からの指示をおっさんたちに聞こえるかもしれないと考えたのだ。

”宰相閣下。勇者様は召喚時に鑑定と生活魔法を習得しているはずです。それで、ご自分で鑑定をして頂いてジョブをご確認いただければどうでしょうか?鑑定カードを取りに行かせていますが、その前に確認できると考えます”

”そうか・・・。陛下?”

”必要ない。鑑定カードがあればジョブもスキルも称号もわかる”

”しかし、陛下”

”なんだ?”

”隠蔽や偽装スキルで隠されてしまったら?”

”勇者を隠す必要はない。勇者や賢者なら手厚く保護し名誉も金も好きにできるのだぞ?それに、貴重なジョブやスキルを持っているのなら、勇者の手助けにもなろう。巻き込まれた奴は、巻き込まれた一般人の称号がつくのだよな?”

”はっ”

”さすがは陛下!聡明なる陛下のお考え、このブーリエ、感服いたします。宰相であるブーリエ、己の浅慮を恥じ入るばかりです”

 おっさんと女子高校生にはこの情報だけで十分だった。

 ブーリエと陛下(笑い)のやり取りは、おっさんと女子高校生に己を偽る時間を与えたのだ。

 魔法陣の光が徐々に薄くなっていく。
 魔法陣の周りには、8人の男女が倒れている。勇者召喚を行った第二皇女と第三皇子と宮廷魔術師6名だ。魔力を使い果たして気を失っているのだ。

「おぉぉぉぉ!!」

「成功なのか?」

 皇帝が椅子から立ち上がるように一歩前に踏み出す。皇后が制したので立ち上がることはなかった。

「失礼。ブーリエ閣下は・・・」

 おっさんはわかっていながら皇帝の方に向けてブーリエ閣下と呼ぶ。失礼にあたる行為だが最初だから許される行為でもある。

「無礼者!儂などと皇帝陛下を混同するな。そして、儂がアルシェ帝国の宰相であるブーリエだ」

 おっさんは、少しだけ慌てた様子を見せてから、仰々しく頭をさげた。

「皇帝陛下だと知らずに失礼致しました。ブーリエ閣下。ありがとうございます。私たちの世界には、平民しかおらず偉大なる血筋の方々と接する機会がございませんでした。ご不快な思いをおかけいたしました。ご容赦ください」

 勇者候補が頭をさげたことから気分を良くしたブーリエが皇帝にとりなしを行う。

「ブーリエに任せる」

「はっ」

「寛大なお言葉ありがとうございます」

 おっさんは、皇帝に改めて頭を下げる。
 頭を上げてからブーリエを正面から見据えるように立ち。

「それでブーリエ閣下。私たちはどうなるのでしょうか?」

 言葉を切ってからおっさんはブーリエや周りに居る連中を鑑定する。
 鑑定持ちが一人も居ないことが判明する。

(なるほどな)

「ブーリエ閣下!?」

「おっそうだな。まずは、勇者なのか判定したい」

「それで、勇者以外は元いた場所に帰していただけるのですよね?」

「え?」

 明らかに慌てだすブーリエ。

(根は善人なのかもしれないな・・・。でも、宰相の器じゃないな)

「ブーリエ閣下。どうなのですか?」

「うるさい。うるさい。おい!」

(顔を伏せたのが二人。一人は魔術師だ。宮廷魔術師の弟子か助手なのか?もうひとりは侍女のようだ。他はブーリエの反応が当たり前だという感じだな)

 ブーリエの後ろに控えていて、おっさんのセリフで慌てた宮廷魔道士がブーリエになにかを差し出す。

「うるせいよ!おっさん!」

 さっきまで仲間だけで固まって震えていた男子高校生の一人が勢いよく立ち上がって、おっさんとブーリエの話に割り込んできた。

剣崎(けんざき)くん?」

「あぁ!?俺のことは、剣崎(けんざき)様と呼べと言っただろう。お前みたいな孤児が俺のような選ばれた人間を”くん”付するな!!それに、俺と悠椰(ゆうや)下久(しもひさ)伴田(ばんだ)埜尻(のりじ)が勇者で、そこの二人は・・・プッププ。ジョブもなければスキルもそれだけなのか!クズだな!」

 剣崎と呼ばれた男子高校生は一気に言い切った。
 それを聞いたブーリエは、今まで交渉姿勢が嘘のように、おっさんを払い除けて中央の高校生のところに歩み寄った。

「勇者なのか?」

「あぁ俺たちが勇者だ!魔王を倒せばいいのか?!俺に、俺たちに任せろ!そこのおっさんやクズとかは違うぞ!」

「おぉぉ!さすがは勇者!それでは!」

「なんだ!」

「勇者様。これを!」

 ブーリエの後ろから宮廷魔術師がカードを剣崎たちに手渡す。

(ツンツン)

(ん?)

 おっさんの服を女子高校生が引っ張るのがわかった。おっさんは、疲れたふりをして女子高校生の前に座り込む。

「(あのカード)」

「(鑑定カードと出ているぞ?)」

「(後で説明しますが触らないようにしてください)」

「(わかった)」

 おっさんは、女子高校生からの了承の意を伝えた。

 ブーリエが勇者たちを陛下の近くまで連れて行く。おっさんと女子高校生を見るが”勇者”の方が大事なのだろう。
 高校生たちは宮廷魔術師が差し出したカードを持って、疑うことなく魔力を流す。

 カードには、高校生たちのジョブや称号やスキルが表示される。

剣崎(けんざき)凱斗(かいと)
ジョブ
 勇者
称号
 なし
スキル
 聖剣
 加速(1/10)
 盾術(1/10)
 魔術
  火(1/10)
 鑑定(1/10)
 生活魔法

狩塚(かりつか)悠椰(ゆうや)
ジョブ
 勇者
称号
 なし
スキル
 聖盾
 強固(1/10)
 剣杖術(1/10)
 魔術
  土(1/10)
 鑑定(1/10)
 生活魔法

下久(しもひさ)来海(くるみ)
ジョブ
 勇者
称号
 なし
スキル
 聖弓
 遠見(1/10)
 杖術(1/10)
 魔術
  風(1/10)
 鑑定(1/10)
 生活魔法

伴田(ばんだ)南那(なな)
ジョブ
 勇者
称号
 なし
スキル
 聖槍
 跳躍(1/10)
 斧術(1/10)
 魔術
  水(1/10)
 鑑定(1/10)
 生活魔法

埜尻(のりじ)玲羅(れいら)
ジョブ
 勇者
称号
 なし
スキル
 聖杖
 詠唱(1/10)
 魔術
  火(1/10)
  水(1/10)
  風(1/10)
  土(1/10)
 複合魔術(1/10)
 鑑定(1/10)
 生活魔法

 カードに表示された内容を勇者たち(笑)が自慢げに読み上げて、皇帝や皇后やブーリエが驚きの声を上げている。
 皇帝がわざとらしく鑑定カードを確認したいと言って、ブーリエが一人一人勇者を皇帝に近づけて、カードを手渡すように誘導する。

「あのぉ・・・。偉大なる宰相閣下であるブーリエ様。私と彼女は勇者ではないですし、戦闘に必要なスキルもないようです。帰していただけますか?」

「あぁ?なんだ!?」

 いきなり態度が変わるブーリエにおっさんは少しだけ残念な気持ちになる。

(宰相がこれではこの国はもう終わっている可能性があるな)

 おっさんは、女子高校生を背中で隠しながら、出口の方にゆっくりと移動する。
 できるだけ、武器を持った兵士との距離を開けるためだ。魔法が存在する世界なので、武器だけを警戒すればいいとは思っていない。しかし、武器は目に見える恐怖なのだ。武術の心得が、知り合いの剣道防具屋に誘われて始めた剣道くらいだ。

 おっさんとブーリエの間に、宮廷魔術師についてきた魔術師の一人と侍女の一人が割り込んで来た。

「宰相閣下。彼らは、私の方でお話をいたします。宰相閣下は、勇者様をお願いいたします」

 ブーリエも勇者の相手で忙しいのか、魔術師に手をふるだけの合図をしている。

「どうぞこちらへ」

 魔術師と侍女は、おっさんと女子高校生を手招きして、玉座の間から外に連れ出すようだ。
 後ろでは、勇者の話を聞いて、ブーリエが大げさに驚いて見せている。

 魔術師はそれを見て一言だけつぶやいた。

「(滅んでしまえ)」

 おっさんと女子高校生は聞こえていたが、聞こえていないフリをして、先導する二人についていくことにした。
 聞こえた一言で信じてみようとは思わないが、交渉が出来る相手だと判断した。残っていても、失うものは最大で命だ、得るものは何もないと考えた。二人はお互いに意見を言うまでもなく”破滅ルート”からの逸脱を目標としていた。

 おっさんと女子高校生を連れた二人は、階段を降りて10分くらい歩いてから一つの部屋に入った。

「ここは?」

 中央にテーブルがあり両脇にソファーがある部屋だ。

 おっさんが二人に質問するが、二人は首を横にふるだけで説明をはじめようとしない。

 侍女が部屋の奥から魔法陣が書かれた紙状の物を持ってきてテーブルの上に置いた。
 紙を受け取った男性が、魔法陣に触れて起動する。魔法陣が部屋全体に広がってから鈍い光を放って消えた。

「驚かせてしまってもうしわけございません。部屋に結界を貼りました。これで外に話し声は漏れません」

「それを信じろと?」

 おっさんは先程までとは雰囲気を変えて男と侍女を睨みつける。

「信じて欲しいとは、思っています」

 男はソファーに腰掛けながらおっさんと女子高校生にも座るように誘導する。

「わかった。ひとまず信じよう。それで?俺たちはどうなる?」

 おっさんは男の前に座りながら問いかける。男は、おっさんと女子高校生が座るのを確認してから、控えていた侍女に目配せを送る。侍女は、おっさんと女子高校生と男の前に飲み物を置いてから、男が座るソファーの後ろに控えるように立った。

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「俺のことは、”まーさん”とでも呼んでくれ、敬称も必要ない。貴殿は?」

「ありがとうございます。まーさん様。私は、アルシェ帝国の元・宮廷魔術師のロッセルと言います」

「ロッセル殿。”様”も外してくれ、それで?いろいろ教えてくれると思って良いのだな?」

「はい・・・」

 ロッセルは女子高校生を見る。

「彼女の名前は、今は必要ないだろう?」

 女子高校生が名前を告げようとするのをおっさんは手で制してから、ロッセルに拒絶の意を伝える。

「わかりました。まーさんと貴殿と呼ばせてもらいます」

「あぁそれで頼む」

「・・・。疑問に思われていることだらけだと思います」

「そうだな。ロッセル殿。謝罪なんてつまらない真似はしなくていい。それよりも、あんたと後ろの女性は、勇者召喚に反対の立場なのか?」

「え?」「・・・」

「驚くなよ。ロッセル殿が自分で”元・宮廷魔術師”と名乗ったのだぞ?なにかあったと考えるのが普通だろう?」

「はい。私と彼女は反対でした。しかし・・・」

 指摘されて納得できたのか、ロッセルは後ろの侍女を確認してから事情を説明した

「それで?魔法陣の側に倒れていたのは、ロッセル殿の元部下や元同僚で、彼女の親類やもしかしたら恋人も居たのか?」

 ロッセルと侍女は、息を呑んでおっさんを見る。
 おっさんが目をそらさずにロッセルを見つめている。おっさんが目線を外さないので、観念して大きなため息を吐き出しながらおっさんの話を肯定した。

「まーさんのおっしゃるとおりです。私の弟が彼女の婚約者です。強制され参加していました」

「そうか・・・。拒絶は・・・。難しいよな」

 おっさんは泣き出しそうな彼女の顔を見て事情を察した。
 彼女が人質になっていたのだろう。彼女を救い出すために、ロッセルが動いたのだが、助け出したときにはすでに召喚が行われていた。

「はい」

「そうか、気を失っているだけに見えたが違うのだな」

「・・・。わかりません。初代様を召喚したときの記録では、実行した者は数日後に起き出したとあります」

「・・・。そうか?それで、俺と彼女を、勇者たちを返す方法はないのだな?」

「っ!」

「ロッセル殿?」

 声の抑揚を変えないでおっさんは至って平静の状態のままロッセルに話しかける。

「勇者たちには、”魔王を討伐したら・・・”と伝えられています」

「そうだろうな。初期の帝国には勇者召喚された者が居たのだろう。もしかしたら建国したのは召喚された勇者なのかもしれないな。帰っていれば”初代様”という呼び名はおかしいよな?」

「はい」

「そうか、(やっぱり)帰られないか・・・」

 おっさんはそこで言葉を切って女子高校生を見る。

「もうし」「謝罪の必要はない。それに、謝ってもらっても意味がない。謝罪されても元の世界に戻れないだろう?」

「・・・。はい」

「建設的な話し合いがしたい。ロッセル殿はどの程度の権限がある?具体的に動かせる人員や金銭や情報だ」

 ロッセルは侍女を呼び寄せてなにか指示を出す。
 侍女はおっさんと女子高校生に頭を下げてから部屋を出ていった。

「まーさん。最初の質問ですが、動かせる人員はいません。私と彼女は、全面的に協力いたしますが、それ以外は難しいと思ってください」

「わかった」

「金銭に関しては、お渡しできるだけの金銭を用意いたします」

「そうか、後で少し相談だな」

「はい。情報は、まーさんは何をお知りになりたいのですか?」

「すべて・・・」「は?すべて・・・。ですか?」

 おっさんは、ロッセルを舐めるように見据える。
 すべてと言ったことで困惑するのは想定していた。困惑しながらでも、説明をしなければと、何かを言ったほうがいいのではと考えている姿勢を評価した。信頼できるかまだ判断出来ないが信用はできると判断したのだ。

「まずは、貨幣に関してと、アルシェ帝国に関して、あとは周辺の国に関しての3つは必須で教えてくれ。あとは、スキルと勇者たちに渡したカードも教えてくれ」

 おっさんがまず知りたいと思ったことを羅列した。最低限のことを聞いておけば、言葉が通じるのなら聞きに行けばよいと考えたのだ。

「貨幣は後で説明します。まずは、帝国と周辺国に関して説明します」

 ロッセルは、帝国の成り立ちから説明始めた。おっさんは口を挟まないでじっくりと聞いた。女子高校生も黙って話を聞いていた。
 周辺国や情勢に話が移った。

「ロッセル殿。帝国の状況をまとめると、人族至上主義で多種族を下に見る。エルフ・ドワーフ・ハーフリング以外は魔物と同列に扱っている。それで他国との軋轢を生んで国境付近では戦闘音が鳴り止まない。皇帝派閥と貴族派閥と教会派閥が存在して4:3:2くらいの力関係で拮抗している」

「はい。そうです。私が属しているのが穏健派や融和派と呼ばれて辺境伯と一部の王族だけの派閥です」

「ほぉ辺境伯と王族か・・・。だから、反対の立場でも、あの場所には居られたのだな」

(ツンツン)「まーさん。どういうこと?」

 今まで黙っていた女子高校生が、まーさんの袖を引っ張って小声で質問してきた。

「うーん。説明が難しいな。政治なんて興味ないだろう?保守本流の流れをくむ岸田派と傍流の町田派とか」「あっ大丈夫です。ゆっくり。そうゆっくりと教えて下さい」

 おっさんの説明をぶった切って女子高校生はロッセルを見る。

「それで、ロッセルさんたちは少数派なの?さっきの話にはでてきていないよね?」

「そうですね。人数は少ないです。王族の一部が賛同してくれているので・・・」

「勇者召喚には反対だったのですよね?」

「はい」

 ロッセルは女子高校生の話を肯定する。

「緊張していたのか、少しだけ喉が渇いた。新しい飲み物をお願いしていいか?それから、少し整理をしたいので、二人だけにしてもらえないか?」

 おっさんは女子高校生と整理をしたいと言い出した。
 ロッセルも納得して、おっさんと女子高校生の前に置いてある空になったカップを持って部屋を一旦出た。

 ロッセルは侍女が帰ってくる前に部屋を出た。
 おっさんと女子高校生に”この部屋は自由に使ってください”と言っている。部屋の説明を簡単にした後で、左右にも部屋があり。おっさんと女子高校生の部屋に使って欲しいと告げてから出ていった。

「さて」

 おっさんは、女子高校生の横から正面に移動した。

「俺のことは、まーさんと呼んで欲しい。他にも呼ばれていたが、まーさんが一番しっくりくる」

「わかりました。私は、糸野(いとの)夕花(ゆうか)と言います。17歳の高校生です」

「へぇそれが制服だとすると、町田にある駅名にもなっている高校?」

「・・・。そうです」

「なんで、神保町に居たのかは聞かないけど・・・。彼らは同級生?」

「はい。同級生です。私は、今月末で学校を辞めるので・・・。もうすぐ、元同級生になります」

「なにか事情が合ったのだろうけど聞かないよ。聞いても、何も出来ないからね。愚痴なら時間がある時にゆっくりと聞かせてくれ」

「あっ・・・。はい。ありがとうございます」

 おっさんの言葉は冷たいように聞こえるが、興味本位で聞かれるよりは嬉しかった。おっさんの”不器用な優しさ”だと感じだ。

「それで、糸野(いとの)さんの考えは?」

「え?あっ!ダメな召喚だと思います」

「そうだよな。あと、この国に逗まるのがいいのかだけど・・・。出ていきたいという雰囲気だな」

 おっさんは、糸野(いとの)夕花(ゆうか)を見て勇者たちとなにか有るのだろうと推測する。

「はい。違う国に移動して糸野(いとの)夕花(ゆうか)の名前も捨てたいと思っています」

「そうか・・・」

 おっさんはいろいろ考えてしまった。17歳の女の子が名前を捨てたいと言った。その事実だけで気持ちが落ち込んでしまった。

「あっ違います。両親も弟も妹もみんな・・・。好きでした。死んでしまったときには私も連れて行ってくれなかったことを恨みましたけど、今はそんなことはありません。だから、だから、大丈夫です」

 糸野(いとの)夕花(ゆうか)は必死に弁明する。
 おっさんが落ち込んでしまったのが自分の言い方がきつかったのではないかと思ったのだ。少ない友達だった娘たちにも”話し方がきつい”と言われたことがあった。

「あぁ悪い。勘違いさせた。俺の昔と重ねてしまっただけだ」

「まーさんの昔?」

「昔、昔、あるところに神童と呼ばれた子供が居て」「あっいいです。今度、機会があって、気分がよかったら、ゆっくり聞かせてもらいます」

「そうか?それじゃ中学に入った辺りからの話でいいか?」

「え?」

「だって、糸野(いとの)さんは、”いいです”と言ったよな?」

「え?はい?」

「悪い大人は、”いいです”というと、肯定したと受け取るからな。俺は、悪い大人じゃないけどな」

「え・・・。えぇぇぇぇぇ」

「おっ召喚されたときよりも驚いているな!」

「だって、だって・・・。え?悪い大人?え?」

「俺を見るな。悪い大人に・・・。見え無いだろう?俺は、悪い大人の代表じゃないから安心しろ。犯罪歴はないからな」

「え?だって・・・。どうもみても・・・」

「どう見ても?」

 丸メガネを少しだけずらして、正面に座る少女を見る。
 だれがどう見ても、○ク○だ。日本の喫茶店でやっていたら、通報されるレベルだ。

「”や”のつく職業の方だと思っていました」

「はぁ?どうみても”カタギ”だろう?」

「普通の人は、”カタギ”なんて言葉は使わないと思います。だから、彼らも最初はまーさんを怖がって指示に従っていたのだと思います」

「そうか?格好が悪いのか?年齢が悪いのか?」

「あっ!まーさん。若返っていません?」

「ん?そうか?」

 おっさんの格好は、神保町辺りを歩いている人には見えない格好をしていた。東京というよそ者ばかりが増える街でも異様な雰囲気を持っていた。顔見知りになった警官なら問題ないが新人やヘルプで来ている警官は必ず”職質”を行うであろう格好をしている。

 足元は雪駄を履いている。水虫というわけではないが楽だからという理由だけで雪駄を選んでいる。上は、作務衣を着用している。膝下くらいまであるダボッとしたズボンを履いて居る。色は、黒にも見える濃紺だ。体型はすらっとしている。作務衣の下には黒のシャツを着ている。腕時計はしていない。その代わり、プラチナとゴールドが捩るようになっているブレスレットをしている。女物だがおっさんにとっては命よりも大事な物だと言ってもいい。
 指輪はしていないが、左耳だけにルビーが入ったピアスをしている。顔には傷はないのだが、髪の毛は短く刈り上げていて全体が白くなっている。無精髭をはやしている状態が職業不詳に拍車をかけている。そして、右足と右手に、大きなキズがあり。それが切られた傷のようにも見える。隠れて見えないが、背中にも刺されたような傷がある。
 顔は整っている方だと言われるが、奥二重の目が”素人”ではないと思わせるようだ。知り合いから”目に優しいから作ったら”と言われたブルーカットの一番色を濃くした”丸メガネ”をしている。視力は良いので伊達メガネなので余計に(以下略)。

「え・・・。あっそうですね」

「まぁいい。どうせ、こっちの服に着替えるからな」

「え?」

「目立つだろう?それに、勇者(笑)たちはどうせ派手な格好をしたり、制服のまま式典に出たり、ブーなんとかいう豚と似たような格好を好むだろう?制服姿だと同列に扱われる可能性があるぞ?面倒な未来しか想像出来ないぞ」

「そうですね。彼らなら派手にしたがるでしょう」

「そうだろうな。それで、今後の方針だけど、糸野(いとの)さんはどうする?冒険者になるとか、貴族の養子になって権力を握るとか、定番はあるだろう?」

「まーさんは?」

「俺か?そうだな。まずは情報収集だな。戻れないようだから、大川大地とスローライフを目指してみるかな」

 懐に居る大川大地が小さく鳴き声を上げる。人の言葉が解っているようだ。

「情報?ロッセルさんに聞いたよね?」

「そうだな。権力中枢に近い人間の話は聞ける。それに、一番小さい派閥の人間というのも都合がいい。でも、それでも権力に近いところに居る人間だ。そんな人間から得る情報だけを信じて行動に移すのは怖い」

「へぇ・・・」

「どうした?」

「いや、○○ザでもしっかり考えるのですね」

「だから、俺はカタギだ。それに、最近では○ク○の方がインテリだぞ?普通に六大学を卒業したり、大学院に行ったり、大企業に就職した歴を持っているからな」

「え?そうなの?」

「当然だろう?まぁその話は置いておいて、糸野(いとの)さんはどうする?」

 横道にそれそうになる話をもとに戻しておっさんは質問を繰り返した。

「うーん。奴らと一緒に居るのは嫌なので、城は出たいと思います。それからは、まーさんが言う通り情報を聞いてからですね。私にできることを探さないと・・・」

 糸野(いとの)夕花(ゆうか)は消えそうな声で宣言した。

「方針はわかった。知識のすり合わせだけど、糸野(いとの)さんは”隠蔽”を持っている?」

「はい。まーさんは、”偽装”ですか?」

「大人の嗜みだ」

「え?」

「いや、忘れてくれ」

 少しだけ照れながらおっさんは顔をそむける。耳が赤くなっているのを見て糸野(いとの)夕花(ゆうか)は好ましい人だと考えるようになる。

「それで?」

「そうだな。偽装だ。なぜわかる?」

「名前が、”まーさん”になっているし、ジョブが”遊び人”って完全に馬鹿にしていますよね?他にも、なんですか・・・そのスキルは?馬鹿にしていますよね?それを見てツッコミをいれない方がおかしいですよ。それに服?の中に隠れている子にも偽装が使えるのですね」

「ほぉ・・・」

 おっさんは、糸野(いとの)夕花(ゆうか)の観察力を評価した。
 勇者(笑)の連中のように観察していない奴らよりも人材になりえると判断した。

「まーさん。私の名前とかステータスとか偽装できますか?」

「そうだね。ちょっとまってね」

 おっさんは、偽装を実行しようと大川大地のスキルをいじったときのようには出来なかった。鑑定ができるから可能というわけではないようだ。

「出来ませんか?」

「大川大地に出来たからできると思うけどな?」

「触っていないとダメとか?」

 糸野(いとの)夕花(ゆうか)が手を差し出す。
 おっさんは少しだけためらったが、糸野(いとの)夕花(ゆうか)の手を握った。柔らかいが傷がついている手を握ってから大川大地に行ったのと同じことを実行した。

「できそうだな。どうする?隠蔽の上からでもできそうだぞ?」

「そうですね・・・」

 おっさんは、糸野(いとの)夕花(ゆうか)の希望通りに偽装を行った。途中で、文字の指示が出来たので、握手している手を変更したがそれ以外は問題なく偽装出来た。糸野(いとの)夕花(ゆうか)は満足そうに自分の確認を行っている。よほど嬉しかったのだろう。

「こんなところかな。彼らを呼ぶぞ?」

「はい?」

「扉の外に居るから、中に入ってもらうだけだけどな」

 糸野(いとの)夕花(ゆうか)は、まーさんの言葉を聞いて、扉を睨むように見るが、気配がするわけではない。
 まーさんが、扉の前に居ると言った理由をしりたいとおもったのだ。

 おっさんは立ち上がって、居なかったら”恥ずかしい”と思いながら扉を開ける。
 無事ロッセルと侍女が扉の脇で荷物を持って待っていた。侍女は、何やらカートの様な物まで持ってきていた。

「もうよろしいのですか?」

「話は終わった」

 おっさんは二人を中に入れる。

「まずは、ロッセル殿に頼みがある」

「なんでしょうか?」

「謁見の間がどうなっているのか教えて欲しい。それから、俺たち二人の処遇に関してなにか言われているのか?」

 ロッセルはおっさんの質問に眉を動かす。おっさんは、ロッセルの表情を見逃さない。

 しかし、ロッセルが言い淀んだのは、二人にどう伝えて良いのか迷っていたからだ。

「・・・」「・・・」

「ロッセル殿?」

「まーさん。謁見の間は、勇者さまたちの確認が行われている。まーさんとそちらの女性は・・・」

 糸野(いとの)夕花(ゆうか)は、ロッセルが秘密の話なので、出来ないと考えたが、おっさんは、ロッセルの表情から、自分と糸野(いとの)夕花(ゆうか)に不利益な内容をどう説明していいのか迷っているように受け取った。

「気にしなくていい。教えてくれ」

 おっさんから言われて、ロッセルは隠しても無駄だと判断して正直に話し始める。

「はい。勇者さまたちが・・・」

 罵詈雑言のオンパレード。
 勝手にスキルを見て公表してくれていた。おっさんと糸野(いとの)夕花(ゆうか)が、”偽装”したり”隠蔽”したりしていた偽物の状態を、自慢気に聞かせて、自分たちがどれだけ優れているのかを伝えているようだ。
 その上で、劣った奴である、おっさんや糸野(いとの)夕花(ゆうか)を物のように扱う提案までしていた。奴隷にして、”魔法やスキルの練習台に使う”とまで言い出したようだが、ロッセルが属している派閥や貴族派閥の者たちが止めに入った。

 おっさんは話を聞いていて、逃げる方向に思考を加速させた。
 いつまでロッセルたちが抑えられるかわからない場所に逗まるのは得策ではないと考えたのだ。

 勇者たちが見たスキルが

ななし
ジョブ
 遊び人
称号
 なし
スキル
 鑑定(10/10)
 清掃(ウォッシュ)魔法(必須:ウィッシュのポーズ)

糸野(いとの)夕花(ゆうか)
ジョブ
 なし
称号
 なし
スキル
 錬成
 鑑定(10/10)

 どうやら大川大地のことは、わからなかったようだ。偽装をしているので、見られても”普通の猫”に見えただろう。知られないのなら、問題がない。鑑定は、視認するか触っていないと発動しない。看破があれば認識することで鑑定が可能になる。

「ありがとう(それじゃ修正しておいたほうがいいな)」

 侍女が二人の前に持ってきたものを置いた。
 ロッセルは二人を見てから説明を始めた。

「まずは貨幣ですが・・・」

 ロッセルが、おっさんたちに通貨の説明を行った。

---
賤貨:1イエーン
鉄貨:10イエーン
銅貨:100イエーン
銀貨:1、000イエーン
金貨:10、000イエーン

白銀(ミスリル)貨:100万イエーン
白金(プラチナ)貨:1億イエーン

単位:イエーン
---

 おっさんたちが”円”と言っても通じる。ロッセルが言うには、訛りだと解釈されるらしい。都合がいいことに、”金”が基本になっているのも同じなので、金額とかで意味が通じるのだ。言葉の自動翻訳がいい具合に曖昧になっているのもおっさんたちの助けになっている。

 スキルや魔法に関しての質問をする。

「ロッセル殿。王様が勇者(笑)に渡していたカードには細工がしてあるよな?」

「はい」

「どんな効果だ?」

「その前に、これが彼らに渡したカードの細工がしていない物です。身分証明にもなりますので、持っていてください」

「身分証明?」

「これは、全国民が持っているのか?」

「・・・。いえ、ギルドに登録して発行されます」

「わかった。それじゃ、別にここで作る必要はない。ギルドで登録すればいいのだろう?」

「・・・」

「どうした?」

 ロッセルが持ってきたカードを裏返した。
 紋章を指差したのだ。

「紐付きにしたかったのか?」

 ロッセルがうなずいた。
 まーさんは、紐付きと表現したが、保護している者としての表現が近い可能性がある。

「まーさん。紐付きって何?どういうこと?」

「あとで説明する・・・。かも知れないけど、そうだな。わかりやすく言うと、このカードを持っていると、『この紋章の家と関わりがあります』と思われるということだ」

「え?悪いことなの?学校の校章みたいな物?」

「どちらかというと、ヤ○○の家紋に近いかな」

「え??まーさん。よくわからないよ?」

「このカードを持っていて、俺や君がギルドに登録したら、ギルドはこの紋章の貴族に連絡が行く。それで、いい方向でも、悪い方向でも、問題が発生したら、紋章の家が出てくる。そんな所だろう?」

「はい。庇護下に置く意味合いが強いです」

「ロッセル殿の派閥の長か?」

「今は、家名は控えますが、辺境伯の紋章です。王族には使える紋章がないので、辺境伯の紋章を使っています」

「この紋章は、どの程度の意味を持つ」

「・・・」

「ロッセル殿?」

「辺境伯の領地なら強い意味を持ちますが、敵対している貴族の領地では危険になると思います。しかし、紋章は登録前には表示されていますが、登録後は紋章に魔力を流さなければ表示されません」

「カードは、破棄出来るのか?」

「出来ます」

「複数のカードを持つことは可能なのか?」

「可能です。ギルド毎にカードを持つ場合もあります」

「そういう言い方だと、持たなくてもいいのか?」

「はい。裏の・・・。見ていただいたほうが早いですね」

 ロッセルは胸元からカードを取り出して、おっさんたちの前に提示した。置いた状態では、何も表示されていないカードだ。おっさんは、クレジットカードを思い出していた。大きさ的に同じくらいだと思えた。

「まーさん。持ってみてください」

「いいのか?」

「はい」

 まーさんは持ち上げるが、やはりクレジットカードだ。材質はわからない。プラスティックでは無いのはわかる。木や皮や紙ではない。不思議な手触りだ。おっさんは、糸野(いとの)夕花(ゆうか)にも渡して触らせる。

「へぇ鑑定とかと同じ様にすれば魔力が流れるのですね」

「はい。貴殿のおしゃっている方法で間違いではありませんが、後で魔力の使い方をお教えします。そちらが本業ですから・・・」

「それで?」

「そうでした。カードに、貴殿の魔力を流しても何も表示されません。しかし、私の魔力を流せば・・・」

 ロッセルは、カードを受け取って、まーさんたちの前で魔力を流す。
 カードに文字が浮き出してくる。カードの裏を見ると、いくつかの紋章が浮かび出てくる。紋章の中に、辺境伯の紋章もある。

 ロッセルは、紋章に触って魔力を調整していった。最初、紋章が3ほど表示されていたのが、3つが消えて新たに2つの紋章が表示された。

「ほぉ。任意で切り替えられるのだな」

「はい。まーさんの言う通りに、表にはステータスが表示されますが、こちらも同じです。ただし、数値を変更したり、無いスキルを表示させたり、ジョブを変更する方法はありません。偽装があれば」「おっと!」

 まーさんが、カップを取ろうとして手が滑った。紅茶がテーブルの上に広がる。

「すまん。手が滑った」

 ロッセルは、まーさんを見てから、言葉を続けた。

「大丈夫です。すぐに変わりを持ってきます」

「悪いな。少しだけ疲れた。休憩したいが、時間は大丈夫か?」

「そうですね。もうしわけない。気が付きませんでした。この部屋を使ってください。1時間くらい休憩しましょう」

「助かる。奥の部屋も使っていいのか?」

「はい。大丈夫です」

 テーブルを拭いて、二人は部屋を出ていった。

 二人が部屋を出ていったのを確認して、まーさんは立ち上がった。
 伸びをするようにしてから、肩を叩いた。

「疲れたな。糸野さんも疲れたでしょ。奥の部屋を使っていいから休んでよ。横になって目を瞑っているだけでも疲れは取れるよ」

「まーさん。さっきのカップはわざと、手が滑ったのですよね?」

「ん?なんでそう思う?」

「ロッセルさんが、何か言おうとしたときに、まーさんが話を切った様に感じたから・・・」

「うーん。半分正解かな。ロッセルは、俺と糸野さんの反応を確かめようとしていたの。だから、ごまかした」

「え?」

「彼が、”偽装のスキル”と言ったときに、糸野さん反応したでしょ?」

「え?反応?」

「うん。俺からは見えなかったけど、目線で、俺の方を見ようとしたでしょ?」

「・・・。はい」

「彼は、俺と糸野さんのスキルを疑っているよ。だから、偽装の話をして反応を確かめた」

「それじゃ・・・」

「カードの話は、嘘でも無いけど、本当の話でもないって感じかな」

「??」

「カードの紋章の表示を切り替えられるのは本当だけど、魔力だけで切り替えが出来るのは嘘じゃないけど、作業が足りないって所だと思うよ」

「・・・。わからないですよ?」

「ん。気にしなくてもいいと思うよ。おっさんは久しぶりに頭を使って、疲れたから、少しだけ寝るよ。大川大地も寝ちゃっているし、糸野さんも休んできて」

「・・・。はい」

 糸野(いとの)夕花(ゆうか)が奥の部屋に入っていって、鍵をかけたのを確認してから、おっさんはソファーに身体を投げ出して横になる。
 大川大地がおっさんの胸の上で丸くなる。頭を撫でながら、おっさんは、これからのことを考えていた。

(さて、鬼が出るか仏が出るか・・・)