大陸の覇者。そして、大陸4つある大国の一つであるアルシェ帝国。
 首都にある皇帝が住む居城にある。玉座の間と呼ばれる場所は歓喜に包まれていた。

「おぉぉぉぉ!!!」

 宮廷魔術師8名が成し遂げたのだ。

”勇者召喚”
 700年前に行われた儀式しか成功例がなく、4代皇帝の時代から禁忌に指定されていた儀式を宮廷魔術師たちが成功させたのだ。

 玉座の間に広がる大きな魔法陣。

 魔法陣には、大人の男性が1名。子供らしき男性が2名。同じく子供と思われる女性が4名。
 召喚された勇者に違いない。その場に居た皆が魔法陣の光が消えるのを待っていた。

「勇者!おぉぉおぉ!勇者!」

 煌めく魔法陣に向かって、栄養過多な身体で近づいていく。

「陛下。なりません。魔法陣に触れると勇者様へのスキル定着が失敗します」

 光り輝く鎧を全身にまとった近衛が皇帝を静止する。

「うるさい!うるさい!余が召喚した勇者だ。余が出迎えないでどうする!」

「陛下!皇帝が前に出てどうします?」

 近衛だけでなく皇后に叱責され皇帝は前に進むのを止めた。

「そうだな。勇者よ。聞こえるか?」

 玉座に戻った皇帝は、座り直してから魔法陣の中に居る勇者たちに向けて演説を行おうとしていた。
 混乱して言葉が出せないのを、勇者たちが自分に対して、尊敬の念を抱いて、恭順の意思を示していると夢想した。そのために、機嫌の良い声で語りだす。

 魔法陣の光は消えていない。より強く光りだす。
 何を言っているのかわからない皇帝の演説だったが、光が弱まってきたのを見て、皇后が皇帝に声をかけた。

「陛下!まずは、勇者様たちのご確認をしなければなりません」

「そうであった。宰相!」

「はっ」

「貴様に任せる。良きに計らえ」

 呼ばれたのは、やはり栄養を過大に摂取している体格を装飾過多な服で隠している男が一歩前にでる。

 まだ光が衰えない魔法陣の中に向かって、宰相と呼ばれた男が話しかける。

「あぁ儂はアルシェ帝国の偉大なる宰相閣下である。エステバン・ブーリエだ。ブーリエ閣下と呼ぶように!」

 魔法陣の中からは何も返答がない。

「言葉は通じているのだな」

 宰相は近くにいた宮廷魔術師に質問をする。

「はい。宰相閣下。資料によりますと、召喚された勇者は言葉が話せるようになっていると記述があります。魔法陣が消えるまで話が出来ないのかもしれません」

『あぁ・・・。アルシェ帝国の偉大なる宰相閣下。ブーリエ閣下。言葉は聞こえます。ただ、私以外の者は意識がはっきりしていないようです』

「お!!勇者よ。ブーリエは儂だ。話はできるのだな」

『はい。なんとか意味はわかります』

「よし。よし。陛下!成功です!」

「ブーリエ。まだわからぬ。初代様のときにも、勇者だけではなく、”無能者(ジョブがない)”も召喚されてしまっている。勇者以外が召喚されたら失敗だぞ!」

「はい。心得ております。勇者よ。陛下の声は届いておるな?」

『いえ、聞こえるのは、ブーリエ閣下のお声だけです』

「なに!そうなのか?」

『はい。ブーリエ閣下のお声も小さく集中しないと、偉大なるブーリエ閣下のお声が聞こえません。出来るだけ、ゆっくりと大きなお声で話していただけると幸いです』

 宮廷魔術師が宰相に近づいて小声で勇者召喚に関する事柄を告げる。

「宰相閣下。勇者様は召喚時に鑑定と生活魔法を習得しているはずです。それで、ご自分で鑑定をして頂いてジョブをご確認いただければどうでしょうか?鑑定カードを取りに行かせていますが、その前に確認できると考えます」

「そうか・・・。陛下?」

「必要ない。鑑定カードがあればジョブもスキルも称号もわかる」

「しかし、陛下」

「なんだ?」

「隠蔽や偽装スキルで隠されてしまったら?」

「”勇者”を隠す必要はない。勇者なら手厚く保護し名誉も金も女も男も好きにできるのだぞ?巻き込まれた奴は、巻き込まれた一般人の称号がつくのだよな?」

「はっ」「さすがは陛下!この宰相であるブーリエ。感服いたします」

 魔法陣の光が徐々に薄くなっていく。
 魔法陣の周りには、勇者召喚を行った宮廷魔術師8名が魔力を使い果たして倒れている。

「おぉぉぉぉ!!」

 光が消えて、魔法陣が存在していた場所に、高校生の男女6名とおっさんが立っていた。

 おっさんが一歩前に出た、おっさんの後ろに隠れるように女子高校生の一人が座り込んでいる。
 それから少しだけ離れた位置になるが、魔法陣の中心と思われる場所に、男子高校生二人と女子高校生三人がやはり座り込んでいる。

 魔法陣が消える数秒間。
 おっさんは首を動かさないようにできる限りの情報を得るために周りを見る。

 入り口だと思われる場所になにかを持って走り込んできた者が居た。

--- 少しだけ時間を巻き戻してみる ---

(おいおい。安っぽいラノベか?)

 おっさんは光り輝く魔法陣の端の方に居た。
 中心部には、神田小川町のとある公園で荷物を持たされていた女子高校生と猫をいじめようとしていた男子高校生二人と取り巻きとも取れる女子高校生3人が座って呆然としている。荷物を持たされていた女子高校生はいじめられそうになった子猫を抱きかかえて逃げようとしていたところにおっさんが通りかかった。
 おっさんは女子高校生を後ろに庇いながら子猫は自分の飼い猫で探していたと告げて、女子高校生にお礼を言った。
 もちろん嘘である。嘘であるが、大人が言っているセリフを高校生が否定するのは難しい。
 おっさんはとっさに子猫には名前があり、『大川大地(おおかわだいち)』という名前で世にも珍しい名字と名前を持つ()()()()()()()()()だと説明した。ついでに、勇者を導く聖獣の一柱で西を守護する白虎の生まれ変わりだとトンデモナイ説明を付与したのだ。

 その瞬間に、おっさんを含めた7名の足元に大きな魔法陣が現れた。
 おっさんはとっさに逃げようとしたのだが背中に匿った女子高校生に服を掴まれて逃げ出すことが出来なかった。

(お!大川大地も無事にこっちに来てしまったのだな。まぁしょうがない。定番だと王様辺りが出てきたら、ダメな召喚で、姫様が出てきたら話を聞く価値はある程度の召喚だろう)

 おっさんは周りを見るが高校生たちは目の焦点があっていない。
 唖然とした表情なのだろう。服の袖を掴んでいた女子高校生は、少しはましな状態だと判断した。

「あの・・・」

「し!小声で話して、外との交渉は俺がやってみる。君たちもいいよね?」

 おっさんは側に居る女子高校生だけではなく、離れた場所で唖然としている5人にも聞こえる程度の声で話しかける。5人は慌ててうなずくことから意識は大丈夫なようだ。

 おっさんの胸元からも「にゃ!」と小さくなく声が聞こえた。おっさんは、大川大地を隠すことにしたい。

「大川大地さん。静かにしてください。鳴いてはダメですよ」

「にゃ!」

 おっさんは、お腹の辺りで丸くなる大川大地を手で抑えながら近くに居た女子高校生にだけ聞こえるような小声で話しかける。

「それから、君。ラノベとか読む?」

「え?私ですか?」

「うん。君の友達なのかわからないけど、彼らは本なんて読まないでしょ?アニメにも興味があるようには思えないから、君くらいかな?」

「あっはい。ラノベも好きです。異世界転生者も読みます」

「それは重畳。勇者召喚に二種類あるのはわかる?厳密には召喚失敗パターンもあるけど?」

「あっ!わかります!」

「うん。多分、ほら正面を見て・・・。これでわかるよね?」

「・・・。はい。残念ながら・・・」

「帰るのは絶望的だ・・・」

「私は、帰りたくないので大丈夫です。待っている人もいません」

「そうか・・・。彼らは?」

「自分たちでなんとかしてもらいましょう。彼らもその方が良いでしょう」

「わかった。もし、俺の説明がダメそうなら袖を引っ張ってね」

「わかりました」

 おっさんと女子高校生は素早く情報交換を済ませた。
 中央に居る高校生たちは無視することにしたのだ。おっさんは、”猫”が好きなのだ。”猫”を蹴ろうとした奴の面倒まで見るつもりはなかった。止めなかった奴らも同罪だと判断している。助けようとした女子高校生が、話のわかる娘で良かったと思った。