困惑している私を横目に、トーヤがテーブルの上にある物を置く。
 白銀に翡翠とアメジストの石があしらってある髪飾りと、タンザナイトとアレキサンドライトの石がついた髪飾り。

 私が貰った物とアデル王女の物だろう。でも変だ。川に落ちた後、髪飾りも失くしたと思っていたのに、それが目の前にある。

「どうして、この髪飾りがここにあるの?」 

 トーヤを見ると、なぜか申し訳なさそうな顔をして説明を始めた。

「ファシーと一緒に流れついた。この石は始祖である竜王が身につけていた貴重な石で竜気が溜めてある。その石を身につけた者は加護を受け守られる。だから、川に流された程度では怪我もしないし死なない。この……アメジストとアレキサンドライトがそうだ。ファシーユ、本当は君の髪飾りにこの二つの石がつくはずだったんだ。それが……どうして失敗したのか悔やまれるよ」

 トーヤが髪飾りを手にとる。
 そして、おもむろに私へと差し出した。それに誘われるように髪飾りを受け取る。

「これが竜王様の石?」

 まだ磨く前の原石のような濁った石は、どこにでもありそうな、少し高価な石程度にしか見えない。

「どうして、私が川で倒れていたのがわかったの?」

 疑問が沸き質問すると、トーヤはまるで質問の内容がわかっていたようで力なく笑った。

「アリアが未来を予言した。自分の力を受け継ぐ者が生まれると。そして、どんな手を使っても竜国に呼ぶようにと遺言でね」

 トーヤの番が人間だとは聞いていた。亡くなった原因も寿命である老衰だと。

「どうして私を……?」

「これからの竜国の未来に必要だからとしか教えてくれなかった。アリアが教えてくれたのは、君の存在と婚約者はルーファスになること。君が自然な方法で竜国に来る方法を計画した。あんな濁流に落ちたら誰も助からないと思うだろう?」

 背中に冷たい汗が流れる。
 いつも優しく接してくれたトーヤとは全く雰囲気が違った。そこにいたのは、強く、時に冷酷な判断を下す竜人の皇子。

「酷い……」

 それだけしか言えない。あれが仕組まれていたなんて思いもよらなかったから。

「そうだね、それは否定しないよ。俺も皇子として竜国を一番に考える。でも、ルーファスがあそこまで君を探すとは思わなかった。一年ほどで諦めると思っていたのに、まさか五年も探すなんてね。……短いようで長いよ。よっぽど、ファシーのことが好きなんだね」

 そんなことを言われても今更だ。
 ルーファス様が私を探していたのは償いと義務からだろう。彼は真面目だから。

「ファシーユ様。ルーファス様とはまだじっくりお話はしていませんね? あの方は、仕事は有能なのですが、ファシーユ様のことに関しては残念なのでわたくしから補足させて頂きたいのです」

 トーヤに任せておけないとばかりに、セラティア様が私の手に触れた。

「実は私が独断で動いた件があるのです。トーヤは知りません。あのお茶会で、ファシーユ様を竜国に行かせるために、私は事前に噂を流しました。ルーファスがアデルに惹かれていると。あなたが竜国に行った後、帰りたいと思わせないために」

 離宮に住んでいるセラティア様が、どうやって噂を流したのか気になった。この様子だと、他にも協力者がいるのかも知れない。

「噂を流さなくても、ルーファス様がアデル王女に惹かれたのは事実です。私がいなくならなくても二人は結婚したと思います」

「結婚は絶対にありえません」

 確信があるように断言する。

「どうしてそう言えるのですか? ルーファス様自身が私に言いました。アデル王女に惹かれていたと」

「アデルは男性なら誰とでもあんな感じですのよ? ファシーユ様はルーファスしか見ていなかったから知らないでしょうけど……。アデルの周りの男性達は、皆、勘違いをしていましたわ。自分がアデルの一番であると。アデルもその様子を楽しんでいましたし」

 アデル王女の人物像ががらがらと崩れ落ちた。
 あの可憐で儚い容姿も、まさかの計算だったとは……。アデル王女は凄い。

「ルーファスはファシーユ様のことを愛しておられましたよ。だって、ファシーユ様はルーファス様としかダンスを踊らないでしょう? あの方、ファシーユ様が思っているよりも独占欲がお強いようなの」

 本人には全く伝わっていないのが残念ね。とセラティア様は苦笑した。

「で、でも。川に落ちた時、ルーファス様は一番にアデル様を助けられました。私を愛していたなら……」

 一番に助けて欲しかった。

 でも、それは口には出せない。その理由も理解している。

「アデルを最初に助けたのは王家に仕える者としては当然です。もし、アデルではなく国王陛下だったら? 誰もが皆、陛下を助けるでしょう。それが貴族として王家に忠誠を誓う者としての義務です。でも、その後はどうでしたか? ルーファスはあなたを助けに行きませんでしたか?」

 まるで見ていたような情景で語るセラティア様に圧倒されながら、嫌な記憶を辿る。

 水に沈みそうになりながら最後に見た光景を思い出す。
 確かに、助けようとしてくれていた。
 必死になって、私へと手を伸ばしてくれていた。でも、それを止めた人がいる。

「……助けに来てくれようとしていました。でも、止められました」

「誰に止められていましたか?」

 真剣な表情のセラティア様に息をのむ。
 そして、気づいた。……重要な事実を。


「カサート様です……。公爵家の……」

「わたくしの弟です」

 思わず涙が出た。

 あれも、仕組まれていたのだとわかったから。