真名は浩子の話を書き終わったとき、編集部の自分の席でノートパソコンを前に、しばらく泣いていた。いや、書きながら何度も泣いていた。最後の方は、泣いている時間が長いのか書いている時間が長いのか、もう分からないほどだ。

 編集長席の昭五はもちろん、隣に座っている泰明からも、パソコン島の律樹からも泣き顔が丸見えのはずだったが、構わなかった。いまは泣いてもいいときなのだ、と真名は思う。

 記事を書き終え、真名は自分の頰を軽く叩いて涙を強引に止める。

「編集長、記事のチェック、お願いします」

 印刷した記事を真名が渡すと、昭五がいつもの上機嫌で受け取った。

「うんうん。――完璧ですか?」

「――はい」

 真名の返事に泰明が少し振り返る。けれども口では何も言わなかった。
以前の真名なら、完璧ですかなどと問われれば言葉を濁していただろう。
 字義通り、完璧ではない。何しろ自分はバイトで入ったばかりだ。書き間違えもあるだろうし、浩子自身に見せたとしたら違うと言われるところもあるかもしれない。
 けれども、真名は自分の良心に誓って、浩子の姿を書いた。
 その意味では完璧だった。

 微笑みながらも真剣な目つきで昭五が記事を読む。

 昭五は無言で――といっても微笑んだままだが――その記事を泰明に回した。

 泰明は赤ボールペンを握り、記事に目を走らせる。ところどころに赤ボールペンで書き込まれるたびに、真名の胃が痛くなった。

 しばらくして泰明がため息と共に顔を上げる。

「誤字が多すぎる。うちのクオリティを小学校レベルにするつもりか」

「すみません……」軽いジャブだが、胃に応える。

「だが――栗原浩子さんに真正面からぶつかっている。逃げていない。外してはいけないところは外していないと思う。チェックしたところを修正したらデータを律樹に送れ」

 真名がびっくりして泰明の顔を見つめた。泰明は真名には何も言わず、律樹の方へ歩いていく。

「あいよー。記事の組み替え準備はできてるから、いつでもどうぞ」

 律樹のモニターを一瞥した泰明が、静かにため息をつく。

「少しでも本文に文字量がほしいから見出しのQ数下げろと言っておいただろう」

「Q数? ああ、文字の大きさね。写植時代の古い用語だったんでついうっかり――って、すぐ僕を殴ろうとするなよ!?」

「蚊が飛んでただけだ」

 真名はまた涙が出そうになるのを堪え、赤字を修正していく……。