「女子大生に叩かれてご自慢の詭弁も回らなくなったか」
入ってきた人物を見て、真名が驚きの声を発する。
「泰明さん! どうやって……」
「企業秘密」
スマホを手にした泰明は全身に静かな怒りをみなぎらせて会議室に入ると、尻もちをついている大下の前にしゃがみ込み、浩子と朝倉を振り返った。
「あんたはあの浩子さんの姿を見て、偽物だと否定しようとした。朝倉さんはたった一言で本人だと分かって涙した。あんたらのどっちが浩子さんを大切に想っていたか、一目で分かるってもんだ」
そう言って泰明は立ち上がり、スマホを机の上に放り投げて複雑な印を結んだ。
おん・あらたんのう・うん・そわか。
真名が聞いたことのない真言だった。
大下がそのまま昏倒する。
律樹が「えげつな……」と肩をすくめた。
「あの、いまのは一体――?」
「三鬼大権現真言。別名、厳島三鬼坊ともいわれる追帳鬼神、時眉鬼神、魔羅鬼神に、このおっさんを夢の中でいじめ抜いてくれと頼んだ。この世の時間では数時間だろうが、体感は数百年。鬼に追いかけ回されながら、自分の罪を数えるといい」
ドS陰陽師の本気に、真名は「うわぁ……」と声を上げた。
死後の地獄の前借りみたいなものだ。
「まさか教授に平手打ちするとは思わなかったが――よくやった。褒めてやる」
独り言のように泰明が呟いた。聞き返そうとした真名の目の端で、それどころではないこと起こる。浩子の身体から金色の光が漏れ始めていた。
「浩子……?」と朝倉が呆然と恋人の名を呼ぶ。
「今度こそお別れみたい」と浩子が無理に笑ってみせた。何か言おうとする朝倉の口を自分の唇で塞ぐ。少しして唇を離すと言った。「最後にちゃんとさよなら言えるために〝破格のこと〟をしてもらったんだから」
「ああ……そうだったな」
と答えたものの、朝倉は涙をどうすることもできない。
朝倉から離れると、浩子は真名と泰明に深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「浩子さん……」
「ふふ。ダメよ、真名ちゃん。そんな顔されたら、私、未練が残っちゃう」
浩子が冗談めかして言い、真名が謝る。
「ご、ごめんなさい」
「うふふ。冗談よ。私、ひとりっ子だったけど、妹ができたみたいでちょっとたのしかった。就活、がんばってね」
「はい」
光がどんどん強くなる。浩子は改めて朝倉に向き直った。
「伸介さん。ありがとう。いい教授になってね」
「ああ。浩子の分までがんばるよ」
と朝倉が乱暴に涙を拭った。
「うん。今度生まれ変わったら、次こそはずっと一緒にいさせてね」
「もちろんだよ」
「ありがとう。――愛してる」
朝倉が浩子を抱きしめる。その瞬間、浩子の身体の光が弾け、消えた。
腕の中にはもう浩子の姿はない。
あとに残されたのはひとときの思い出だけ。
気がつけば太陽は西に傾き、赤々と会議室を照らしていた。
入ってきた人物を見て、真名が驚きの声を発する。
「泰明さん! どうやって……」
「企業秘密」
スマホを手にした泰明は全身に静かな怒りをみなぎらせて会議室に入ると、尻もちをついている大下の前にしゃがみ込み、浩子と朝倉を振り返った。
「あんたはあの浩子さんの姿を見て、偽物だと否定しようとした。朝倉さんはたった一言で本人だと分かって涙した。あんたらのどっちが浩子さんを大切に想っていたか、一目で分かるってもんだ」
そう言って泰明は立ち上がり、スマホを机の上に放り投げて複雑な印を結んだ。
おん・あらたんのう・うん・そわか。
真名が聞いたことのない真言だった。
大下がそのまま昏倒する。
律樹が「えげつな……」と肩をすくめた。
「あの、いまのは一体――?」
「三鬼大権現真言。別名、厳島三鬼坊ともいわれる追帳鬼神、時眉鬼神、魔羅鬼神に、このおっさんを夢の中でいじめ抜いてくれと頼んだ。この世の時間では数時間だろうが、体感は数百年。鬼に追いかけ回されながら、自分の罪を数えるといい」
ドS陰陽師の本気に、真名は「うわぁ……」と声を上げた。
死後の地獄の前借りみたいなものだ。
「まさか教授に平手打ちするとは思わなかったが――よくやった。褒めてやる」
独り言のように泰明が呟いた。聞き返そうとした真名の目の端で、それどころではないこと起こる。浩子の身体から金色の光が漏れ始めていた。
「浩子……?」と朝倉が呆然と恋人の名を呼ぶ。
「今度こそお別れみたい」と浩子が無理に笑ってみせた。何か言おうとする朝倉の口を自分の唇で塞ぐ。少しして唇を離すと言った。「最後にちゃんとさよなら言えるために〝破格のこと〟をしてもらったんだから」
「ああ……そうだったな」
と答えたものの、朝倉は涙をどうすることもできない。
朝倉から離れると、浩子は真名と泰明に深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「浩子さん……」
「ふふ。ダメよ、真名ちゃん。そんな顔されたら、私、未練が残っちゃう」
浩子が冗談めかして言い、真名が謝る。
「ご、ごめんなさい」
「うふふ。冗談よ。私、ひとりっ子だったけど、妹ができたみたいでちょっとたのしかった。就活、がんばってね」
「はい」
光がどんどん強くなる。浩子は改めて朝倉に向き直った。
「伸介さん。ありがとう。いい教授になってね」
「ああ。浩子の分までがんばるよ」
と朝倉が乱暴に涙を拭った。
「うん。今度生まれ変わったら、次こそはずっと一緒にいさせてね」
「もちろんだよ」
「ありがとう。――愛してる」
朝倉が浩子を抱きしめる。その瞬間、浩子の身体の光が弾け、消えた。
腕の中にはもう浩子の姿はない。
あとに残されたのはひとときの思い出だけ。
気がつけば太陽は西に傾き、赤々と会議室を照らしていた。