「浩子さんにはもうひとつ悩みがありました。それは、真実を知ったときに朝倉先生がどうするかということ」

「何だって?」と朝倉が聞き返した。

「大下教授に危害を加えるか、浩子さんを守れなかった自分を責めて自殺するか――どちらにしても、そんなことをしたら、結局、大下教授のせいで朝倉先生は人生を棒にふってしまいます。浩子さんは、そうなってほしくないから……これまで先生を見守ってきたのです」

 朝倉の身体から力が抜ける。

「浩子……」

 朝倉の腕を抱きかかえていた浩子がまた泣き笑いを見せた。

「私がこの地上にとどまっていたのは、生前の悔しい思いを晴らしたかったからじゃないんだよ? ひょっとしていつか私の死の真相はあなたに伝わるかもしれない。そのときに、私は一言言いたかったんだ。〝あなたのせいじゃない〟って」

 私の分まで、立派な研究者になって――。

 浩子の真心の言葉に、朝倉はがっくりと膝をついた。

 大下がその間に体勢を立て直す。

「い、一体何だというのだ。芝居か。生前の栗原さんに似た人間を連れてきて、くだらない芝居でもしたのか。気持ちの悪い真似を――」

 しゃべっている途中で、大下の頰が音高く鳴った。


 見れば、真名が大下を平手打ちしている。


「真名……?」とスクナが驚いていた。スクナだけではない。浩子も朝倉も、霊体になっている律樹も、叩かれた大下本人も驚いていた。

「大下教授。あなたは人間として最低です」

 真名はここに至るまで浩子を見てきた。

 浩子がどれほど朝倉を愛しているかを見てきた。

 いままで自分の霊能力に蓋をして触れないようにしてきた真名だったけど、浩子の気持ちには応えたいと思っていた。

 要するに、真名はこれ以上ないくらいに怒っていたのだ。

 女子大生に平手打ちされたショックで再び大下が動揺し、「う、うう~……」と唸っていた。

 真名は油断なく大下をにらみ返すが、本当は怖い。

 大下の目が憎悪に燃えた。歯を噛みしめ、真名を睨みつけてくる。

 大下が拳を握った。殴りかかってこようとする。

 ――泰明さんッ!

 暴力に訴えようとした大下の気配に、真名は心の中で叫んでいた。スマホに助けを求めても、泰明がいるところとこの場所では距離があるはず……。

 そのとき、会議室のドアが大きな音を立てて開いた。