「な、なぜ。……きみはあのとき死んだのでは」と大下。
その女性、浩子は自分の姿が本当に朝倉と大下に見えていることに驚いていたが、その驚きが一段落すると、朝倉の方を向いた。浩子は涙を溢れさせながら精一杯の笑顔になる。
「伸介さん――っ」
その声に、朝倉の表情が歪み、眼から透明な液体が幾筋もこぼれ落ちた。
「浩子……。浩子――っ」
朝倉がよろよろと浩子に歩み寄り、その身体に触れる。そう。身体に触れることができる。その事実に朝倉の涙がふと止まる。
「これ、さっきの男の人のおかげなの」と浩子が言う。
浩子が朝倉に抱きついた。朝倉もおずおずと、そしてしっかりと浩子を抱きしめる。
留美のときには律樹を霊体として利用したが、今度は逆に律樹を肉体として利用したのだ。正確には律樹の持っている、肉体を物質化している力を浩子に一時的に譲渡したのだった。普通の霊能者にできるようなレベルではなく、泰明が陰陽師の名門・倉橋家の世嗣としてどれほどの力を持っているかを示している。
結果、物質化していた律樹と人に見えない浩子の存在のあり方が入れ替わり、人に見えない律樹と物質化した浩子になっているのだ。
「浩子さんは亡くなりました。けれどもそれは存在の消滅ではないのです。霊体になった浩子さんと私はずっとお話をしてきたのです。そうして、大下教授が生前の浩子さんにひどいことをしてきたことも知ったのです」
真名とスマホ越しの泰明が代わる代わる大下の罪をあげつらった。それのみならず、朝倉を自分の側に置いておき、真相に気づいたときには社会的に破滅させるためだったことも暴露する。
大下が何度も大声で否定するが、泰明がスマホ越しに怒鳴り返して黙らせていた。
浩子は身を固くして朝倉に寄り添いながら、それを聞いている。朝倉はその浩子を左腕でしっかり抱きかかえるようにしながら、真名と泰明の話を聞いていたが、徐々に身体の震えが大きくなっていった。
「大下教授、いまの話は本当なんですか」
「噓だッ。ただのでまかせだ」
「じゃあどうして、こんなに細かく当時の状況を語れるのですか。それはこの浩子が本当に本当の浩子だから、その話を聞いたからではないのですか」
朝倉が浩子を真名に預けるようにしながら詰問する。
「違うッ。私はそんなことしていない。その女の方が僕につきまとって」
と、大下が自らの罪を浩子に転嫁しようとした。
「これ以上、浩子を侮辱するなッ」
朝倉が叫ぶ。握った拳は止めるよりも先に大下の頰を殴り倒していた。
大下の太った身体が飛び、窓にぶつかってその場に崩れる。
朝倉はさらに拳を固め、大下を殴ろうとした。
そのとき、浩子が悲鳴を上げた。
「やめてっ。伸介さん、やめて――っ」
浩子が朝倉の腕を自らの胸に抱え込む。
「どけ、浩子。おまえの悔しさを、おまえの苦しみに気づけなかった情けない俺の怒りを、こいつに全部教えてやる――」
「やめてください、朝倉先生」と真名も叫ぶ。
「どうして浩子さんがいままであなたのことを見守ってきたか、分からないんですか」
真名の声に、朝倉の動きが止まった。ショックを受けた大下は殴られた頰に手を当てて、固まっている。
「どういう意味だ」
真名は大下を背にして朝倉に向き合った。どけ、と朝倉が言うが、真名は首を横に振った。
「朝倉先生が大下教授によって破滅させられるのを防ぎたかった。ただそれだけなのです」
「それはさっき聞いた。――情けないよな。自分の彼女の死の原因になった男の評価で出世してきたんだから」
そうじゃないんです、と真名が激しく首を振る。
その女性、浩子は自分の姿が本当に朝倉と大下に見えていることに驚いていたが、その驚きが一段落すると、朝倉の方を向いた。浩子は涙を溢れさせながら精一杯の笑顔になる。
「伸介さん――っ」
その声に、朝倉の表情が歪み、眼から透明な液体が幾筋もこぼれ落ちた。
「浩子……。浩子――っ」
朝倉がよろよろと浩子に歩み寄り、その身体に触れる。そう。身体に触れることができる。その事実に朝倉の涙がふと止まる。
「これ、さっきの男の人のおかげなの」と浩子が言う。
浩子が朝倉に抱きついた。朝倉もおずおずと、そしてしっかりと浩子を抱きしめる。
留美のときには律樹を霊体として利用したが、今度は逆に律樹を肉体として利用したのだ。正確には律樹の持っている、肉体を物質化している力を浩子に一時的に譲渡したのだった。普通の霊能者にできるようなレベルではなく、泰明が陰陽師の名門・倉橋家の世嗣としてどれほどの力を持っているかを示している。
結果、物質化していた律樹と人に見えない浩子の存在のあり方が入れ替わり、人に見えない律樹と物質化した浩子になっているのだ。
「浩子さんは亡くなりました。けれどもそれは存在の消滅ではないのです。霊体になった浩子さんと私はずっとお話をしてきたのです。そうして、大下教授が生前の浩子さんにひどいことをしてきたことも知ったのです」
真名とスマホ越しの泰明が代わる代わる大下の罪をあげつらった。それのみならず、朝倉を自分の側に置いておき、真相に気づいたときには社会的に破滅させるためだったことも暴露する。
大下が何度も大声で否定するが、泰明がスマホ越しに怒鳴り返して黙らせていた。
浩子は身を固くして朝倉に寄り添いながら、それを聞いている。朝倉はその浩子を左腕でしっかり抱きかかえるようにしながら、真名と泰明の話を聞いていたが、徐々に身体の震えが大きくなっていった。
「大下教授、いまの話は本当なんですか」
「噓だッ。ただのでまかせだ」
「じゃあどうして、こんなに細かく当時の状況を語れるのですか。それはこの浩子が本当に本当の浩子だから、その話を聞いたからではないのですか」
朝倉が浩子を真名に預けるようにしながら詰問する。
「違うッ。私はそんなことしていない。その女の方が僕につきまとって」
と、大下が自らの罪を浩子に転嫁しようとした。
「これ以上、浩子を侮辱するなッ」
朝倉が叫ぶ。握った拳は止めるよりも先に大下の頰を殴り倒していた。
大下の太った身体が飛び、窓にぶつかってその場に崩れる。
朝倉はさらに拳を固め、大下を殴ろうとした。
そのとき、浩子が悲鳴を上げた。
「やめてっ。伸介さん、やめて――っ」
浩子が朝倉の腕を自らの胸に抱え込む。
「どけ、浩子。おまえの悔しさを、おまえの苦しみに気づけなかった情けない俺の怒りを、こいつに全部教えてやる――」
「やめてください、朝倉先生」と真名も叫ぶ。
「どうして浩子さんがいままであなたのことを見守ってきたか、分からないんですか」
真名の声に、朝倉の動きが止まった。ショックを受けた大下は殴られた頰に手を当てて、固まっている。
「どういう意味だ」
真名は大下を背にして朝倉に向き合った。どけ、と朝倉が言うが、真名は首を横に振った。
「朝倉先生が大下教授によって破滅させられるのを防ぎたかった。ただそれだけなのです」
「それはさっき聞いた。――情けないよな。自分の彼女の死の原因になった男の評価で出世してきたんだから」
そうじゃないんです、と真名が激しく首を振る。