その日の授業が終わり、講義棟へ戻った朝倉の研究室へ、真名は尋ねていった。

「朝倉先生、先ほどは失礼しました」

「ああ、神代さん。別に気にしていないよ」

 朝倉は気のいい笑顔を向けてきた。言葉通り、真名に対して根に持っている様子はないようだ。そこで真名はひとつのお願いをした。

「会議室に来ていただいてよろしいでしょうか。ちょっと進路のことで相談したいのですが、ここだと誰かが入ってくるかもしれないので」

「会議室か……。まあ、構わないよ」

 研究室を出て廊下の反対側にある会議室へ向かう。

 ところが、会議室には先客がいた。ずんぐり太った気の良さそうな男、大下だった。

「うん? 私をここに呼び出したのは神代さんだったよね? 相談があるって」

「はい」

 事情が分からず、大下と朝倉が互いに困惑した表情を浮かべる。

「大下教授にも相談するつもりだったのか。だったら、教授の方が適切なアドバイスができるだろうから、私はいいでしょう」
 と朝倉が引き返そうとした。真名は朝倉の進路を遮るように立つと、声を張る。

「栗原浩子さん」

 その名前に、朝倉が――大下も――顔を強張らせた。

「また、その話を――」

「ここは、栗原浩子さんが窓から転落して命を落とすことになった現場でしたね」

 ふたりの男たちがそれぞれの想いを込めた眼で真名を見つめている。

「神代さん……」と朝倉が苦しげに睨んだ。真名は涙を堪えながら、たくさんある窓の中のひとつに近づく。

「ここが彼女の転落した窓――」

 朝倉が荒い息をした。

「何できみがそんなことを知っているんだ」

「もちろん、栗原浩子さん本人に教えていただいたからです」
 と真名が答えると、朝倉と大下が眉を寄せる。

「何を馬鹿なことを言っているんだ」

 真名の眼には、自分の傍らに立つ浩子の霊が見えていた。その顔はとても凜々しい。だから、真名は朝倉の否定的な声を無視して続けた。

「この窓から浩子さんは後ろ向きに倒れるように転落しました。それは地面を見ながら飛び降りるのが怖かったからではありません。自らに迫ってくるある男性から逃れたかったからです」

 朝倉が「何だって?」と驚き、その横で大下は憎しみすら感じさせる表情に顔を歪ませている。

「浩子さんが逃げようとしていた男性こそ、いまここにいる大下教授なのです」

 真名は右腕を上げ、人差し指をまっすぐ伸ばして大下を告発した。