その話の間ずっと、浩子は悲しげな微笑みを浮かべ続けていた。

 聞き終わっても真名はしばらく何も言えない。

 大下が話した内容とあまりにも違っていた。けれども、実際に自分の身に起き、死因ともなった出来事を語る浩子の様子に、噓があるとも思えない。

 浩子が――一見すれば、研究者というより保母さんが似合いそうな、きっとよい奥さんになって、よいお母さんになっていそうな、やさしげな浩子が――そんな苦しい目に遭っていたなんて……。

 何度か呼吸を整え、目尻を拭って真名は訊いた。

「浩子さんはそれからずっと、この大学にとどまっていたんですか」

「そうだよ。ふふ。一応、お迎えの霊も来たんだよ? 死んだおばあちゃんとか、立派なお坊さんとか。でも……」

「朝倉先生のことが心配で、この地上にとどまっていたんですか?」

 すると浩子は少女のようにはにかんだ。

「うん……」

 その浩子がかわいらしくて、真名は微笑んだ。

「何か朝倉先生の身に危険とか……?」

 浩子がかぶりを振る。

「さすがに大下もそれからはおとなしくしていたわ。罪悪感でもあるのか、伸介さんの研究を高く評価して異例ともいえる速さで助教になれた」

「それは……ちょっとだけ安心できますね」

「ええ。けれどもそれだけじゃないってすぐに分かったのよ」

 浩子がメガネを直し、険しげな顔つきになる。

「他にも理由があったのですか?」

「万が一、伸介さんが私の死の真相に気づいたら、伸介さんを破滅させてしまおうと思って、自分の手元に置いておこうというのが真相みたいなの」

 真名は慄然とした。大下の温厚そうな顔を思い浮かべる。あの大下がそこまでできるのか……。

 突然、真名の鞄のいちばん上にあったスマホから男の声がした。

『人を見た目で判断するな。俺がいままでの話を審神者するに、その女性の霊が噓をついているとは思えない。つまり教授の方がギルティだ』

「な、何ですか!?」と浩子が慌てる。

「浩子さん、大丈夫です。怪しいものではないです。私の陰陽師的な上司に、スマホをマイクにしてずっと聞いていたもらっただけです」

 はあ、と浩子が半信半疑で真名のスマホを見つめた。

「私の声が、スマホを通して聞こえるんですか」

 聞こえますよ、と泰明が答え、真名に命じてテレビ通話に変える。

 氷のようにクールな泰明が映った。
 その顔はいつもよりも怒りの色を帯びている。きっと、大下を許せないのだ。ドS陰陽師は正義の人でもあるのだから。

『はじめまして。倉橋泰明と申します。早速ですが栗原浩子さん、あなたの心残りを解決する手助け、させてもらいましょう』

 浩子が目を白黒させながら真名とスマホを見比べていた。
「真名ちゃん……?」

『聞いていれば、その大下という男は、パワハラ・セクハラにはじまり、朝倉さんへの名誉毀損はもちろん、あなたが窓から転落したときの通報もしていないし、真相を話してもいない。これは何だ? 業務上過失致死罪か? 未必の殺意か? いずれにしてもきっちり裁きは受けてもらう』

 真名は、泰明が完全に〝やる気〟になっているのを見て、胸のすくような想いだ。

 それから真名と霊の浩子とスマホ越しの泰明とで今後のことについて打ち合わせをした。泰明のキレっぷりは真名の斜め上をいくものがあって、打ち合わせの最中、真名と浩子は何度となく仰天したものだった。

 授業が終わる頃には浩子は一端姿を隠し、真名だけがその場に残る。スマホの向こうでは、泰明がコーヒーチェーンを出て真名の大学に向けて歩いているところだった。