大下は、学業がおろそかになるからという建前で、共に大下ゼミにいた浩子と講師の朝倉の関係に干渉してきたのだが、本音は別の所にあったらしい。
ゼミが終わって資料を片付けている浩子の所へやってきては、朝倉の悪口を吹き込んだり、これからの研究者としてのキャリアのために自分の言うことを聞いた方がいいと――いまでいうセクハラやパワハラを――持ちかけてみたり。
ゼミの飲み会では大下によって浩子は隣に座るように指示され、飲み会が終わるとそのまま酔った勢いで露骨に夜の街へ誘われたりもした。
浩子が文句を言っても、酔った勢いだからとまともに取り合わない。
それどころか、朝倉のいないところで、浩子に対し「朝倉くんの研究者としての将来のために、きみも協力したらどうだい」と関係を迫ってきた。
朝倉をあまり心配させたくないと、浩子はひとりで頭を悩ませていたが、大下はすでに教授で学部長も兼ねていて、実際問題としても誰に相談することもできないでいた。それほど大下は教授たちの間ではうまく立ち回っていたのだ。
その間にも大下は朝倉の悪口を吹き込んでくる。
あまりの悪口の頻度に、浩子は半分ノイローゼのようになりながら、朝倉とふたりでお参りに行った神社の縁結びのお守りを握りしめ、耐えた。
ある日、事件が起こった。
悪口をいくら吹き込んでも朝倉を嫌いにならない浩子に、大下が業を煮やしたのかもしれない。
ゼミが終わったあとの会議室で、大下は浩子に強引に迫ってきたのだ。
「やめてください、教授――」
逃げる浩子に、大下は待たしても朝倉の悪口をぶつけてきた。
「あのな、栗原くん。朝倉くんには他に恋人がいるんだよ」
「そんなわけありませんっ」
「噓だと思うなら証拠を見せようか。朝倉くんが他の女性と産婦人科から出てくる写真があるんだよ」
冷静に考えればそんなことがあるわけないとすぐに分かるはずだ。
けれども、さんざんこれまでも悪口を吹き込まれては否定しつづけて神経をすり減らし、さらにいま大下に迫られて……浩子は疲れ切ってしまったのだ。
心の中で何かが切れた。
もう何も見えず、何も聞こえない。
ふらふらと窓に寄りかかろうとして――窓が開いていると気づいたときには遅かった。
ぐらり、と視界が回転し、空が見える。
大下が何か叫んだ。
消耗しきった頭で、浩子は本能的に思った。
――大下から逃げなければ、と。
浩子は会議室の床を蹴って窓の外へ逃げる。
「伸介さん――!!」
浩子は恋人の名を叫びながら、五階の窓から真っ逆さまに転落していった。
手に縁結びのお守りを握りしめたまま……。
ゼミが終わって資料を片付けている浩子の所へやってきては、朝倉の悪口を吹き込んだり、これからの研究者としてのキャリアのために自分の言うことを聞いた方がいいと――いまでいうセクハラやパワハラを――持ちかけてみたり。
ゼミの飲み会では大下によって浩子は隣に座るように指示され、飲み会が終わるとそのまま酔った勢いで露骨に夜の街へ誘われたりもした。
浩子が文句を言っても、酔った勢いだからとまともに取り合わない。
それどころか、朝倉のいないところで、浩子に対し「朝倉くんの研究者としての将来のために、きみも協力したらどうだい」と関係を迫ってきた。
朝倉をあまり心配させたくないと、浩子はひとりで頭を悩ませていたが、大下はすでに教授で学部長も兼ねていて、実際問題としても誰に相談することもできないでいた。それほど大下は教授たちの間ではうまく立ち回っていたのだ。
その間にも大下は朝倉の悪口を吹き込んでくる。
あまりの悪口の頻度に、浩子は半分ノイローゼのようになりながら、朝倉とふたりでお参りに行った神社の縁結びのお守りを握りしめ、耐えた。
ある日、事件が起こった。
悪口をいくら吹き込んでも朝倉を嫌いにならない浩子に、大下が業を煮やしたのかもしれない。
ゼミが終わったあとの会議室で、大下は浩子に強引に迫ってきたのだ。
「やめてください、教授――」
逃げる浩子に、大下は待たしても朝倉の悪口をぶつけてきた。
「あのな、栗原くん。朝倉くんには他に恋人がいるんだよ」
「そんなわけありませんっ」
「噓だと思うなら証拠を見せようか。朝倉くんが他の女性と産婦人科から出てくる写真があるんだよ」
冷静に考えればそんなことがあるわけないとすぐに分かるはずだ。
けれども、さんざんこれまでも悪口を吹き込まれては否定しつづけて神経をすり減らし、さらにいま大下に迫られて……浩子は疲れ切ってしまったのだ。
心の中で何かが切れた。
もう何も見えず、何も聞こえない。
ふらふらと窓に寄りかかろうとして――窓が開いていると気づいたときには遅かった。
ぐらり、と視界が回転し、空が見える。
大下が何か叫んだ。
消耗しきった頭で、浩子は本能的に思った。
――大下から逃げなければ、と。
浩子は会議室の床を蹴って窓の外へ逃げる。
「伸介さん――!!」
浩子は恋人の名を叫びながら、五階の窓から真っ逆さまに転落していった。
手に縁結びのお守りを握りしめたまま……。