絆創膏に霊力が宿るという話は聞いたことがない。
 けれども、泰明から絆創膏をもらった真名はちょっと、いやかなり元気になった。

 ドS陰陽師が見せたデレ? そんなものではないと思う。
「嫁入り前の娘が顔に怪我して歩くな」と言っていたから、特別な感情やニュアンスがあっての行動ではないだろう。

 けれども、いいではないか。同じ物事を明るく受け止めるのも、感謝もせずに通り過ぎるのとでは雲泥の違いだ。ドS陰陽師になびいているわけではない、と思いたいがうれしいものはうれしいのであり……。

 何はともあれ、泰明がくれた絆創膏は御利益満点の効果抜群だった。

 なぜなら、大学構内へ戻った真名は、さっそく浩子の霊に遭遇したのだから。

 校門をくぐって守衛の死角に入った辺りに、浩子は立っている。

「浩子先生」と真名が呼びかけるまでもなく、彼女は真名を待っていた。

「さっき、大下教授と何を話していたの?」

「ちょ、ちょっとした世間話です」

 浩子が怪訝な顔をしている。なるほど、泰明が言うように霊としての浩子は大学構内から外へは出られないようだった。もし出られるなら、真名と大下の会話を盗み聞きすればよいからだ。

「真名ちゃんは見える人で、私もずっとひとりでさみしかったから少しおしゃべりもしたけど、勘違いしないでね。お友だちじゃないんだよ?」

「そんなこと言われたら……ちょっとさみしいです」

 真名の本心だった。本心だからこそ、浩子の心に刺さる。

「……幽霊はね、正体を見破られたらダメなんだよ。もう、准教授なんて噓をついてもはじまらない」

「本当は――准教授になりたかったんですよね?」と、真名がとっさに切り返すと、浩子の頰が引きつった。
「できれば、朝倉先生と一緒に」

 朝倉の名前を聞いて、浩子の目尻がつり上がる。

「さっき大下は、朝倉さんのことを何か言っていたの?」

 浩子にずばり聞かれて、真名の目が泳いだ。

「あ、え、いや。そんなことは」

「真名ちゃん、相変わらず噓つくのが下手」と言って浩子の霊体から霊圧が発される。講義棟のときのように強い風が真名に吹き付けた。
「大下の奴、ついに朝倉さんを……」

「ちょっと待ってください。いまの言葉、どういう意味ですか。大下教授と朝倉助教の間に何があったんですか」

「真名ちゃん、またさっきみたいに怪我したくなかったら、これ以上首を突っ込むのはやめなさい」

 真名は足を踏ん張る。
 怪我をしたってかまうものか。
 きっとまたドS陰陽師が絆創膏くらいはくれるだろう。

「浩子先生。先生はもう亡くなっているんですよ? 何をなさるのか分かりませんが、この世で大下教授に何かをするなら肉体のある私の方が有利です」

「――真名ちゃん?」

「何かやるなら、私を頼った方がいいんじゃないですか?」

 浩子が逡巡する。しかし、それはほんの一瞬だけだった。浩子が真名を睨みつけると、強い風が吹きつける。今度は画鋲ではなかったが、近くの木の小枝が折れて飛んできた。今度は顔ではなく、手の甲をかすめる。血は出なかった。

「あ」と、また浩子がショックを受けた顔をしている。
「だから、真名ちゃん、怪我するよ?」

「浩子先生こそ、本当は霊となったいま、力の使い方がよく分からないんじゃないのですか?」
 と言うと、浩子は痛い所を突かれたような表情になった。

「真名ちゃん……あなたは――」

「私、偶然、霊とかあやかしとかが見えるわけじゃないんです。私、陰陽師の家系で、それで分かるんです」

 ほとんどろくな霊能力がない、なんてことは自分からは言わない。じっと浩子を見つめた。黙っていれば相手は勝手に誤解する。ドS陰陽師の教えだ。

「陰陽師……本当にそんな世界が?」

「ええ」とだけ答えた。泰明のようにじっと見つめる。

「…………」

 しばらく沈黙が続いた。

 浩子が何かを言おうと口を動かす。

 けれども、それは声になるまえに大気に解けてしまった。

 真名が「浩子先生」と一歩近づく。すると、浩子の霊体がゆっくりと空気の中に消えていった。