「と言いたいところだが、頰を怪我してまでがんばったんだ、俺の考えを聞かせてやる。考えられるのはふたつ。ひとつは本当にそのような噂があって、大下教授はそれを覚えていただだけ」と言いながら、泰明は財布を取り出す。先払いの店なのに何だろう。
「それともうひとつは、大下教授がその噂の出所だった可能性だ」

「教授がそんな噂を流してどうなるんですか」

「噂は真実を隠すためにある。大下教授に何か隠したいものがあるとしたら――噂を吹聴するだろう。それについては本人に聞くのがいちばんだろうな」

 真名はストローでアイスココアの氷をつつきながら、泰明の言葉を考えた。

「本人、って大下教授ですか」

「違う」と一刀両断にされる。

「ううっ……」

「栗原浩子本人だ」

「えっ!?」

 真名は無意識に大きな声が出てしまった。泰明が顔をしかめる。真名が首をすくめると、泰明がため息と共に財布の中から小さな紙を出した。広げると細かく字が書かれている。

「神代でも見失うことがあるというので、式盤で見てみた。栗原浩子の霊は大学構内のどこかにいる。逆に言えば、栗原浩子の霊は大学からは出られない」

 一種の地縛霊のようなものだと泰明が説明した。

「じゃあ、私は大学の中をさがせばいいんですね」

「そういうことだ。栗原浩子は朝倉助教を護ろうとしている節があるようだしな」と、泰明は財布から長方形のものをさらに取り出す。
「これ、使えよ」

 泰明が出したのは絆創膏だった。