それからしばらくして、真名は泰明のいるコーヒーチェーンに辿り着いた。奥のテーブルに、氷のようないつもの表情で座っている泰明が片手をあげる。真名は不意に涙が出そうになった。

「どうした、泣きそうな顔をして」泰明が軽く腰を浮かせた。
「頰に怪我をしているのか?」

 くそ。こんなときだけ察しがいい。
 反則だ。やっぱりドS陰陽師だ。

「怪我は大丈夫です」とことわって、アイスココアを注文した。

 泰明は黙って待っている。真名が向かい側に座り、アイスココアを飲み、ぽつぽつと話を始めた。

 すっかり話し終わった頃には、アイスココアもそれなりに減っている。泰明はずっと黙っていた。変化と言えば足を組んだことぐらいだ。真名の話が終わって――もちろん、大下から聞いたことも含めて話し終わって――泰明はすっかり冷め切ったコーヒーを一口含み、言った。

「それ、おかしいだろ」

「そうですよね……。え。〝おかしい〟?」

「ああ、おかしい」

 泰明が淡々と繰り返す。真名は自分の説明におかしなところがあったかと悩んだ。

「あの、私の説明、分かりにくかったでしょうか」

 普段からドS陰陽師に翻弄されているため、何か指摘があれば自分に非があるように考えてしまう真名である。

「分かりやすかった。多少、記事を書いているだけのことはあると思った」

「あ、ありがとうございます……?」褒められたのだよね?

「だが、おかしいものはおかしい」

「だから、何がおかしいんですか」

 すると泰明は目を細め、涼しげというより冷酷に近い顔になった。

「栗原浩子がこの世の人間でないことは確定でいいだろう。けれども、栗原浩子が朝倉助教との恋愛のもつれで自殺したのだとしたら、なぜ朝倉助教を恨んでいない?」

「あ」

 泰明がため息をついた。

「まったく……。自分の想定を超える話を聞いたら思考が停止するなんて、陰陽師とも編集者とも言えないな」

「はあ……」

「それに」と泰明がさらに突っ込む。
「自殺した霊なら、さすがに見ただけで最初から分かるだろう」

「あー」と真名が埴輪のような顔になる。
「そういえば、そうですね。自殺した方の霊って、だいたい自殺したときのままか、自殺を繰り返すか、他の人を自殺させようとするものですものと聞いたことがあります」

 いずれにしても自殺したところで時間が止まっているのが自殺霊の特徴なのだが、浩子はどれにも当てはまらない。

「そういうことだ」と泰明が頷いた。

「じゃあ、どうして大下教授はあんな話をしたんでしょうか」

 泰明がコーヒーを飲み干して胡乱げな目つきを向ける。

「何でもかんでも俺に聞かないで自分で考えろ」

「…………」

 ドS陰陽師……。