「あ、先生、そうじゃなくて! 私が話していた〝栗原浩子〟さんの霊は、この英文学部の准教授で、ちょっと背が低めで、メガネが取っても似合うかわいらしい女性で、いつもたくさんの本を抱えているんです」

「…………」

 真名の描写を聞いた朝倉が、怖いものを見るように真名を見ている。

「朝倉先生、いま私が言った浩子先生の姿、朝倉先生が知っていた栗原浩子と似たところはありませんか」

 朝倉は何かを言おうとする素振りを見せた。そのとき、目の前の別の研究室のドアが開いた。ごま塩頭で少しお腹が出ている五十代半ば過ぎの男性が出てくる。英文学部の教授の木下だった。温厚そうな顔の木下が「おはよう」と階段を降りていく。

 すると朝倉は咳払いをした。

「そのことについてはまた今度相談に乗ろう。授業が始まってしまうので私は失礼するね」

「朝倉先生――っ」

「きみも就活がんばって」

 朝倉が逃げるように階段を降りていく。木下が蒸したてのおまんじゅうのような顔に疑問符を浮かべながら、消えていった。

 どのくらい立ち尽くしていただろうか。

「いつまでそうしているのじゃ」とスクナが呼びかけてきて、真名は我に返った。

「確かにここにいてもしょうがないですね。――どうしよう」

「さっきの様子じゃと、朝倉という男とは、生前の浩子と関係があったのはほぼ間違いないじゃろうな」

 真名が階段の方へ歩き出す。

「普通、話したがらないですよね。しかもいきなり、霊が見えるんですって言ってきた学生の話なんて」

「まあ、そうかもしれんの。スクナが先生とやらだったら、どんな話でもまずは聞いてやろうとするけど」

 スクナの言葉に真名は少し心が上向いた。

「ふふ。それはスクナさまがおやさしいからですよ。――もう一度、朝倉先生に話を聞いてみたいけど、無理かなぁ」

「朝倉とやらがダメなら、ほれ、階段の下にいるのに聞いてみればよいじゃろ」

 え、と呟いて、スクナの言う通り階段の先に目をやれば。


 そこには栗原浩子准教授がいつものメガネ姿で立っていた。