真名はぞくりとした。

 見鬼の才があるだけとはいえ、一応は陰陽師の家に生まれた真名を騙していたというのか。それは並大抵のあやかしや悪霊よりも、よほど力を持っている存在であると示していた。

「真名さん……?」

「――留美さんの言う通り、私、浩子先生のこといつから知り合いだったのかも、どんな人なのかも、全然知らない」

 それじゃあ、と言いかける留美を制するように、真名はぬるくなったロイヤルミルクティーを飲み干し、立ち上がった。

「真名さん!」

「私、ちょっと!」

 カップを返却口に戻す。真名は英文学部の講義棟へ急いだ。

 講義棟のエントランスにある案内図を見る。

 研究室の名前があった。三浦教授以下、教官の名前が並んでいる。走って乱れた息を整える暇もなく、その名前を指さして確認した。

 最後の一人は――真名の指導教官・朝倉伸介助教――。

 その隣は空室だった。

「そんな……」

 呆然としていると、真名の知り合いがエントランスへ歩いてくる。

「真名」と手を上げて挨拶してきた知り合いに、真名は冷静な振りを装って尋ねた。

「浩子先生……栗原准教授の研究室って何階だったっけ?」

 引きつる愛想笑いと共に尋ねたが、知り合いからは半ば予想していた答えだけが帰ってきた。

「栗原准教授……英文学部の先生じゃないよね? 何の専攻の先生?」

 愛想笑いを浮かべた自分の顔が、仮面のようにひび割れて落ちていくような気がする。足元の床が突然、大きな穴になったようだった。

「あ、そうだった。間違えちゃった。ははは」

 知り合いがエントランスを出ていくのを見送り、真名はもう一度、講義棟案内図を見つめた。だけれども、どこにも栗原浩子の名前はない。精神統一をして見鬼の才を使ってみたが、変化はなかった。