真名はふらふらと図書館を出た。
すっかり西日になっていて、日の光は熱いのに日陰に入ると変に寒い。
その寒さは気温のせいだけではなかった。
真名は血の気を失って冷たくなった指先で、スマホを操作する。閉館間際だったのでコピーを申請する時間がなく、写真を撮ったのだ。
『二〇一三年十月某日、藤美女子大学院生だった栗原浩子さん(二三)が構内で飛び降り自殺』
何度読んでも字が変わるわけでもない。
「スクナさま、どういうことなのでしょう……」
「どういうこと、とな?」
「この記事は、浩子先生のことなんでしょうか……」
頭上のスクナの答えが遅れた。初めてのことだ。
「――本人に確かめてみればよいのじゃ」
たぶん研究室に行けば会えるのだろうが、真名の気持ちの中で何かが足を止めさせようとする。気がつけば、英文学研究のある建物ではなく、カフェに向かっていた。
いま自分は混乱している。ちょっと甘い紅茶を飲んで気分を落ち着けよう。
心の中でそんな言い訳をしながらカフェに入った。ケーキには売り切れも出ているけど、混んでいる。真名が空いている席を探そうと首を動かすと、視界の隅にひとりでお茶をしている見知ったメガネ姿の女子大生が写った。
占星術部を辞めた留美だ。
探せば、カフェの中に他にも知り合いがいるかもしれない。けれども、真っ先に見つけたのは留美だ。いま真名の抱えている気持ちを話せる相手はたぶん留美しかいないのだろうと真名は陰陽師流に受け取った。
「留美さん」と声をかけると、留美がふんわりした笑顔で手を振る。その笑顔だけでずいぶん気持ちが救われた気がした。
留美はホットココアを飲んでいる。真名はロイヤルミルクティーを選んだ。
「今日はバイトではないのですか」
「ええ。昨日がんばったから、今日は代休なんです」
大変ですね、と微笑んで留美がホットココアに口をつける。留美は、先日の騒動なんてなかったかのような顔をしていた。こうしてみると、柔らかい線の、かわいらしい魅力が溢れているなと真名は思う。
しばらくおしゃべりしていたら、留美の方がこう言ってきた。
「真名さん、何かあったんですか」
「え?」
「顔色がよくないし……私と話すときは、いつも何かありそうだし」
不意に真名は頰が熱くなる。そんなつもりはないのだけれど、これではまるで自分がつらいときだけ留美に頼っているみたいではないか。
「ごめんなさい……そんなつもりはなかったんですが――」
留美の方も慌てて手を振った。
「あ、冗談です、冗談。ごめんなさい。でも、顔色がよくないのはホントです」
「そんなこと――」
ない、と否定しようとして、真名の頰をぽろぽろっと涙がこぼれる。今度こそ留美が慌てた。
すっかり西日になっていて、日の光は熱いのに日陰に入ると変に寒い。
その寒さは気温のせいだけではなかった。
真名は血の気を失って冷たくなった指先で、スマホを操作する。閉館間際だったのでコピーを申請する時間がなく、写真を撮ったのだ。
『二〇一三年十月某日、藤美女子大学院生だった栗原浩子さん(二三)が構内で飛び降り自殺』
何度読んでも字が変わるわけでもない。
「スクナさま、どういうことなのでしょう……」
「どういうこと、とな?」
「この記事は、浩子先生のことなんでしょうか……」
頭上のスクナの答えが遅れた。初めてのことだ。
「――本人に確かめてみればよいのじゃ」
たぶん研究室に行けば会えるのだろうが、真名の気持ちの中で何かが足を止めさせようとする。気がつけば、英文学研究のある建物ではなく、カフェに向かっていた。
いま自分は混乱している。ちょっと甘い紅茶を飲んで気分を落ち着けよう。
心の中でそんな言い訳をしながらカフェに入った。ケーキには売り切れも出ているけど、混んでいる。真名が空いている席を探そうと首を動かすと、視界の隅にひとりでお茶をしている見知ったメガネ姿の女子大生が写った。
占星術部を辞めた留美だ。
探せば、カフェの中に他にも知り合いがいるかもしれない。けれども、真っ先に見つけたのは留美だ。いま真名の抱えている気持ちを話せる相手はたぶん留美しかいないのだろうと真名は陰陽師流に受け取った。
「留美さん」と声をかけると、留美がふんわりした笑顔で手を振る。その笑顔だけでずいぶん気持ちが救われた気がした。
留美はホットココアを飲んでいる。真名はロイヤルミルクティーを選んだ。
「今日はバイトではないのですか」
「ええ。昨日がんばったから、今日は代休なんです」
大変ですね、と微笑んで留美がホットココアに口をつける。留美は、先日の騒動なんてなかったかのような顔をしていた。こうしてみると、柔らかい線の、かわいらしい魅力が溢れているなと真名は思う。
しばらくおしゃべりしていたら、留美の方がこう言ってきた。
「真名さん、何かあったんですか」
「え?」
「顔色がよくないし……私と話すときは、いつも何かありそうだし」
不意に真名は頰が熱くなる。そんなつもりはないのだけれど、これではまるで自分がつらいときだけ留美に頼っているみたいではないか。
「ごめんなさい……そんなつもりはなかったんですが――」
留美の方も慌てて手を振った。
「あ、冗談です、冗談。ごめんなさい。でも、顔色がよくないのはホントです」
「そんなこと――」
ない、と否定しようとして、真名の頰をぽろぽろっと涙がこぼれる。今度こそ留美が慌てた。