高田馬場の編集部に戻ると、受付の所まで昭五と律樹の声が聞こえていた。

「わー、また消えた」

「ぎゃー、クラッシュしたー」

 事務所の中は修羅場にして阿鼻叫喚だった。

 珍しく昭五がパソコン島で作業をし、同じくパソコン島の律樹が椅子の上にあぐらをかいて復旧作業に邁進している。真名たちが回り込んでみると、律樹のパソコン画面が真っ青で見たことのない表示をしていた。

 真名とスクナがびっくりしている横で、泰明が印を結び、呪を唱える。

「――天も感応、地神も納受、諸願も成就、みくじはさらさら」

 さらに気合いと共に五芒星を切った。途端に、律樹のパソコンと昭五のパソコンが再起動を始める。

「今度は――行った。無事立ち上がってくれた。サンキュ、泰明」

「うんうん。いいね、いいね。泰明君が戻ってくるとたちどころにパソコンが復活するよ」

 呆気にとられている真名を尻目に、泰明は涼しい顔で給湯室に入り、麦茶を飲んだ。ここで真名に勧めないところが安定のドS陰陽師クオリティである。

「あの、編集長、何があったんですか」

 仕方なしに、自分の分の麦茶をついで飲んだ。

「いやいやいや。もうすぐ入稿でしょ? だんだん邪魔がひどくなってね」

「邪魔……?」

 すると泰明が口を挟む。

「前にも話しただろ。電気関係、パソコン関係は魔が入りやすい。よくあることだ」

「なるほど……」

 状況を確認すると、昭五の方も律樹の方も、入稿状態まで仕上げたページのいくつかが破損して開けなくなっていた。バックアップはもちろん取ってあるそうだが、それでも一つのページ辺り三十分は巻き戻されるらしい。しかも、パソコン自体の挙動が不審だったので、作業に戻っていいかのチェックの時間も必要だった。

「まだ日数がギリギリじゃないから大丈夫だろうと踏んで、作業を早めたんだけどね。いやー、ちょうど泰明くんがいないときを狙われたよ。ははは」

 昭五がなぜか散歩に行く犬のように楽しそうに笑いながら、作業していたパソコンを操作して編集長席へ移動する。

「楽しそうですね」

「こういうことも楽しんでしまわないと、やってられないんだよ」

 昭五が使っていたパソコンはセキュリティーソフトで不具合がないかを診断していた。だが、よくあること、と言った通り泰明は悠々と構えている。

「ま、修復不可能な状態ではなさそうだし、いいだろう」
 と、泰明がパソコン島の他のパソコンに電源を入れた。
 律樹の向かいの席だ。なるほど、いままでどうしてパソコン島には五台もパソコンがあるのだろうかと思っていたけれど、一台が使えなくなったときの予備を兼ねているらしかった。しばらくパソコンを操作していた泰明が、席を立って真名を呼ぶ。

「神代。パワースポットのラストのページを開いた。今日、見てきて感じたことをまとめて、締めの一言を写真の上にテキストで書け」

「は、はい……っ」

 真名は飲んでいた麦茶にむせそうになりながら、パソコンに座った。いままで座っていた泰明の体温で椅子がやや温かい。真名は何度か深呼吸をし、編集長席の後ろにある神棚に手を合わせた。清正井と東京大神宮で取ったメモを振り返る。

「スクナさま、どうしましょう」

「知らん」

 しばらく考え込んだ末、真名はキーボードに手を伸ばした。


 神の念いと人の念いが交差する場所――
  パワースポットとは、神の声に耳を傾ける聖地。


 真名がそう打つと、いつの間にか背後に立っていた律樹が言った。

「いいんじゃない?」

 ぎょっとなって真名が振り返る。律樹が腕を組みながらにこやかに画面を見ていた。

「お、傑作ができたかい。――うんうん。いいね、いいね」と昭五。

 ふたりにそう言われて、真名は少しうれしくなる。泰明も覗きに来た。どんな酷評を喰らうのかと戦慄していると、泰明が鼻を鳴らした。

「悪くないだろ」

 よかった。真名の全身から力が抜けた。

「ありがとうございます」

 泰明が真名を見下ろしながら、

「どうだ。たった一言を出すためとはいえ、取材は本格的だったろ」

「……はい」

 昭五が真名のメモを覗き込む。

「これだけいろいろ書いたのなら、この一言だけじゃもったいないよ」

「そうでしょうか」

「うんうん。せっかくだから大学のレポートとかに転用してみたら? それこそ、ほら、この前話してくれた〝パワースポットなんてない〟っていう院生のレポートの反論レポートみたいな」

 昭五が気軽に提案した。真名は苦笑する。相手は院生で、積み上げている関連書籍などもあるからおいそれと反論できないと思ったのだ。すると、真名の頭上でスクナが言った。

「真名よ。実際に見て〝パワースポット〟はなかったのか?」

「いいえ」

 パワースポットはあった。いままさに真名が書いた通り、神と人の念いの交差する場所として。

「だったら、それをそう書け。事実は事実。真実は真実なのじゃから」

 スクナが真名の頭からキーボードの横に軽やかに飛び降りた。その姿が眩しく光っている。事実は事実、真実は真実、と真名は心の中で繰り返した。

 軽やかな電子音がする。昭五が使っていたパソコンのエラーチェックが終わった。異常はどこにもなかった。