清正井をあとにして、真名たちは電車に乗り、原宿から飯田橋へ移動した。あまり降りない駅だったが、ここも都内屈指の〝パワースポット〟があるという。

「伊勢神宮を俗に〝お伊勢さん〟というが、東京大神宮は〝東京のお伊勢さん〟と言われている」
 と泰明が簡潔に説明してくれた。東京にいながら伊勢神宮にお参りしたのと同じ御利益を得られるのだという。

「近くの大学の印象が強くて、全然知りませんでした」

「結構格式のある神社で有名なんだが……」

 通りを少し入ると鳥居が見える。突然、という感じで東京大神宮が出現した。鳥居をくぐると大きな屋根の本殿が見える。右手には近代的な社務所があった。明治神宮からこちらに来たせいで――申し訳なくも――こぢんまりして見えてしまったが、鳥居の中に入ると空気が違う。立派な神域だ、と真名は思った。

「ここが〝東京のお伊勢さん〟なんですね」

 西に傾いた太陽の白い光が境内を強く照らしている。明治神宮ほどの鎮守の森がないのが残念だが、都心のど真ん中にあるとは思えない静謐さな空間だった。もうすぐ夕方になるが、女性が何人かお参りに来ているだけだ。

「もちろん伊勢神宮の天照大神にお参りするのが本則じゃ。しかし、伊勢は遠いし、お金もかかる。昔の人にとっては一大決心が必要じゃった。どうしても伊勢までいけない場合に、同じような御利益を授けたいと天照大神がお許しくださったのがこの神社なのじゃ」
 とスクナが説明してくれた。

 皆で本殿にお参りをする。

「いまでは都内最大の恋愛成就の〝パワースポット〟とされているがな」と泰明が説明した。その口調がどこか苦々しげだ。
 真名が不思議そうな表情を見せると、泰明は参拝に来ている女性の方を顎で指した。白いシャツにロングカーディガンをアウター代わりに羽織っている。きれい系の女性だった。真名は大きく呼吸を繰り返して心を調え、目をこらす。見鬼の才の出番だった。

「あ」と、真名が呆然とした声を出す。

 真名の目には参拝の女性の頭の周りに、欲望の想念が渦巻いてもんわりしているのが見えた。

「天照大神の内宮では基本的に個別の祈りをしないものじゃ。天地万物の恵み、大和のまほろばへの深い感謝をただただ捧げるのが伊勢神宮内宮なのじゃが……東京大神宮になると途端に個別の祈りばかりになりよる。スクナは悲しい」

 真名の頭の上でスクナが泣いている。小さく小さく。誰にも見えない神さまが、心を痛めていた。

「スクナさま……」

「天照大神は太陽神であり、日本の主宰神だ。その神へ自分の恋愛成就を祈る。これを申し訳ないことと思うか、〝ラッキー〟と思うか。あの参拝者はどちらかな?」
 と泰明が極めて冷ややかな目で言う。

 ロングカーディガンの女性は参拝を終えると社務所へ歩いていった。

「すみませーん」とその女性が呼びかける。お守りなどを頒布していた巫女さんが対応しようとするが、女性は神職を呼び出してくれと言っている。

 しばらくして水色の袴をはいた禰宜が出てきた。

「はい、何かございましたでしょうか」

 ロングカーディガンの女性がひどく顔をしかめている。

「先週、こちらで縁結びの祈禱をしたんですけどダメになったんで、お金返してくれませんか」