目指す場所は清正井。

 戦国時代から江戸時代まで生きた武将、加藤清正が掘ったと言われる井戸で、明治神宮御苑内にある。飲むことはできないが、いまでも清水が滾々と湧いているという。加藤清正は肥後国、つまり熊本県の武将だが、この井戸の辺りに江戸屋敷があったらしい。

 参拝者の流れに逆流するようにしばらく歩くと、「清正の井」と書かれた緑色のロードコーンが見えてきた。再び人が増えてくる。みな、清正井を目指していた。

 井戸の所へつくと、何人かが並んでいる。井戸に〝お参り〟する列だった。
警備員が立っている。ひとりで長時間、井戸の前を独占しないようにという配慮だろうが、真名には何とも世俗の匂いがして仕方がなかった。

 また、あやかしも増えてきた。

 順番が来るまでずっとあやかしを見つめているのも嫌なので、真名はスマホを取りだして清正井について検索した。

「清正井……金運の御利益のあるパワースポットって書かれていますね」

 足元に小さなせせらぎが見えた。井戸から溢れた水らしい。おかげで辺りと比べてずいぶん涼しい感じがする。悪霊やあやかしが寄ってきたときのような嫌な冷気ではなかった。天を覆う枝と木の葉と、通年で水温十五度という井戸の水によるのだろう。

 井戸の前でみな写真を撮っている。この井戸の写真をスマホの待ち受けにすると金運が上がる、と言われているらしい。

「不思議だよな」と泰明がごちる。
「死んであの世がある、この世で生きてきたときの心の総決算があの世の世界を決めるという理路整然とした仏教の理論も無視するのに、湧き水の写真で金運が上がるっている謎理論を信じられるんだものな」

「あの、泰明さんはパワースポット否定派だったりします?」

 泰明はかぶりを振った。

「そうじゃない。神さまの力をいただけるパワースポットは信じるし、現に存在する。ただ、人間の欲望をかなえるためのパワースポットはどうかと思うだけだ」

 いままさに、そのような〝金運アップ〟の場所に並んでいるに……。周囲の人が怪訝な顔をするのを、真名は目をそらしながら頭を下げてやり過ごす。

 真名たちの番が来た。

 井戸、というが、つるべのある井戸の形ではなく、地面の高さまでの丸い井戸から清水が湧出していた。頭上の枝が揺れ、日の光が水を輝かせる。ときに白く、ときに七色に輝かせるのはきれいだった。都会のど真ん中なのに、と真名は気持ちがすっとする。

 だが、そこには神さまは――金運を上げる御利益をくださる富の神さまは――いらっしゃらなかった。