「すっかり駅の雰囲気が変わりましたね」
 と、新しい駅舎に変わった原宿駅を振り返って真名が言った。
 同行している泰明が眩しそうに日射しに目を細める。昭五がわざわざ占いで晴れと予想しただけのことはあった。大勢の人――たいていは若い女の子――が駅前を満たしている。

「原宿とは不思議な街だよな」と泰明がそんな若い女の子たちを横目に見ながら歩いていった。
「ファッション文化の発信基地とはいうものの、竹下通り付近と表参道辺りでは全然違う顔を持っている。そのうえ、駅から反対側に行けば明治神宮の鎮守の森だ」

 泰明が竹下通りと表参道の違いを指摘するのは面白かったが、真名はそれ以上突っ込んで訊かなかった。また変に睨まれても悲しいからだ。ただ、泰明の言う通り、駅を出てすぐの神宮橋の方へ曲がると、眼前には天に連なる木々が無数に見えた。

「明治神宮か」
と、スクナが明るい声で言う。パワースポットの取材と言うことで特別に今日は真名の頭上で出突っ張りだ。スクナはやる気に満ちている。

「スクナさまと明治神宮ってご関係があるのですか?」

「明治神宮はその名の通り明治天皇と昭憲皇太后を神格化して祭っておる。スクナは祭られておらぬが、同じ神社の神さま仲間じゃ」

 明治神宮へ行く人たちも多かった。老若男女、とまではいかないが、中高年だけではなく若い女性が結構大勢いる。噂では神社を巡る若い女性がいると聞いていたが、こうして実際に目にすると――真名自身も十分若い女性であることを棚に上げて――不思議な気持ちがした。

「近年のパワースポットや御朱印集めのブームのせいだな」
 と泰明が呟く。真名は、自分の心が読まれたのかと思って飛び上がりそうになった。

「御朱印もそういえば、ブームですね」

「神域を護るには信仰心を持った神職や信者が参拝し、感謝の奉納をしたり環境整備をすることで保たれる。だから、参拝者の増加が即、悪いわけではないが」

 ため息をついた泰明が、見鬼の才を使うように促す。真名は歩きながら何度か深い呼吸をして、意識を集中させた。

 すると、歩いている人に重なるように霊的なものが見えてくる。

「噓? これって……」

 明治神宮はきちんとした格式のある神社だ。鎮守の森も素晴らしい。けれども、そこここにいるのはあやかしたち。空を飛んだり、地面を跳ねたりしている。牛のような頭のあやかしや一つ目のあやかし、きれいな和服の女性のあやかしもいた。

「結構な数のあやかしだな。昔、奈良の吉野山に登ったときほどではないけど」

「何でこんなにあやかしがたくさんいるんですか」

 しかも、東京のど真ん中に。森の外は日本の最先端のファッション文化が華やかにひしめいているのに……。

 よく見ればあやかしだけではなく、動物霊などの邪霊の類もいる。

「あやかしが出現するにはふたつのパターンがある。ひとつは自然に恵まれてあやかしが棲める場所があること。吉野山みたいに。もうひとつは、あやかしと同通する心の持ち主がいること」

「〝森〟というのはあやかしにとって棲みやすい。でも、ここまで運んでくれたのは、あやかしと同通する心の参拝者たちだってことですか?」

「少しは分かるようになったみたいだな。褒めてりやる」
 と、泰明が皮肉っぽく片方の頰をつり上げていた。

「あ、ありがとうございます。でも、あやかしに同通する心って……」

「まあ、自己保存欲というか、ただの本能というか。簡単に言えば事務所で言ったように、自分のことしか考えていない心だな。他人を害する程度はあまりないレベルだけど、正直、邪霊悪霊と紙一重だ」

 何はともあれ、真名たちは本殿に参拝する。
 さすがに本殿の周りにあやかしはいなかったが、参拝者の中には鳥居をくぐって参道へ戻るとあやかしがぴったりと戻ってくる者もいた。あれでは祈りも天に届くまい、と泰明が残念そうな顔で呟く。

「どうしてなんですか」

「本人の心が自分のことしか考えていないから、祈りが神さまのところまで届かないのさ」

 今日の本命〝パワースポット〟は本殿ではない。
 真名たちは参道に戻り、明治神宮御苑を歩いた。
 白い砂利を踏みしめる音が心地よい。高い木が空を支えるように屹立していた。