頭を抱えた真名はスマートフォンで父に連絡をすることを思い立った。最初からそうすればよかったのだ、と画面をタップする。

 しかし、繫がらない。

 電波が入っていない、云々。

 母の方にかけ直すがこちらも同様だった。ひょっとしたら何かの儀式をふたりでやっているのかもしれない。夜なり明日なり、電話が通じるまで待とうか、と真名は思った。

 霊符をとりあえず机に置いた真名だったが、やはり気になる。

 せっかく〝守り神〟と書いてくれたのに放置しているのは気が引けた。これからバイトとはいえ、編集の仕事をさせてもらえるかもしれないのだ。
 父が手紙に書いていたように小さい頃から本好きだった真名にとって、憧れのある世界である。
 その編集の仕事を始めるのに、多少は自分だってがんばってみないといけないと思う――。

 かくなる上は、見よう見まねである。

 真名は霊符――大きさは一筆箋くらいだ――を左手に持ち、右手を人差し指と中指だけ伸ばした刀印という形にした。確か、両親はこんなふうにしていた。

 呼吸を整え、霊符に意識を集中させる。合っているか分からないが。

「急急如律令」

真名が小さくその言葉を唱えた。陰陽師が呪を使うときによく使う言葉だ。「急ぎ急ぎ、律令の如くせよ」というくらいの意味で、要するに「私の言うとおりにせよ」と命令を下していた。自分が命令を下しても聞いてくれないのではないか、という気弱な態度は厳禁だと父が教えてくれたことがある。

 いまこそ気弱を排して、自分を信じるとき。急急如律令――。

 霊符が強く光った。

 霊的な光だが、黄金色の光が溢れている。霊符から手にびりびりするような霊圧が伝わった。しかし、不快なものではない。むしろ、安心できる力強さがあった。

 光が消えたが……何も変わったことはない。

「……あれ?」

 何か間違えただろうか。真名はよく霊符を見る。するとおかしなことが起こった。霊符に書かれていた複雑な文様が薄くなり、消えてしまったのだ。

「噓――?」

 とんでもない失敗をしてしまったのではないかと、真名が焦る。そのときだった。

「何じゃ、何じゃ。今度はずいぶんとかわいらしい娘のお守りに呼び出されたな」

「はっ!?」

 いやに古風なしゃべり方だが、子供の男の子の声だ。声は頭上から来た。真名がぱっと上を向いたが、そこには見慣れた寮の天井があるだけ――ではなかった。