「あら、今日はお友だちと一緒?」
と、落ち着いた大人の女性の声がした。声のした方を見ると、資料をたくさん抱えたメガネ姿の浩子が立っていた。
「ああ、すみません……」
真名が慌てて椅子に座り直し、髪を直す。そんな真名を見て、浩子がやれやれという氷上で見下ろした。
「聞いたわよ、真名ちゃん。最近授業をサボりがちだって」
「…………」と、真名は無言で目をそらした。
「いまも英文学Ⅱの授業中じゃなかった?」
「バイトでまだまだ半人前で……」
そのために勉強を今日もしていたのだと言おうとしたのだが、
「バイトより授業が学生の本分でしょ?」
浩子がメガネを直しながら言う。浩子のメガネがきらりと光った。真名はちらりと留美を伺う。留美が不思議そうな顔でこちらを見ていた。とんだ赤っ恥に耳まで赤くなってしまった……。
食堂に華やかな声が一気に増えた。午前中の授業が終わったらしい。
浩子が研究室に戻っていくのを見送ると、早めに食事を取っていた真名たちはしばらく食後のおしゃべりをしたあと、ほどほどのところで食堂を出た。
そのあとふたりで大学の書店を歩いて小説を一冊買い、留美と別れた。
浩子にあんなふうに釘を刺されてしまったのだ。午後の授業は真面目に出よう……。
午後の授業は民俗学である。家のこともあるし、専攻以外の自由選択科目として取ってみたのだ。
准教授が大学院生に研究発表をさせることになっていた。その院生は、フィールドワークと称して各地のパワースポットを巡ってまとめたという。簡単なパワーポイントの資料を配り、ホワイトボードに画面を移してレポートの内容を発表していた。
ボブヘアで目の大きい、姉御肌を感じさせる活動的なイメージの院生でいかにも戸外での研究が似合っている。明るく笑顔で資料を配っていた。きっと合コンでもおモテになることでしょう。
ところが、だった。
発表の流れがだんだん怪しくなっていく。
最初は各地のパワースポットの紹介だったのだが、それにまつわる具体的な神話伝承をさらったあと、実際にその地を訪れた人へのインタビュー、自分自身のパワースポット訪問記になっていくと院生の発表内容は明確になっていた。
この発表は〝パワースポットは噓である〟という結論になるように論を立てているのだ。曰く、多少の磁気の変化、近くにある温泉と地熱の影響、偽薬のプラシーボ効果にも似た思い込み……。
どうしてこの授業でその結論にいけるのか、真名としてはまったく理解不能だった。実際に霊的世界を知っている真名――頭の上には神さまも乗っている――からみれば、この院生の発表は目の前にいる烏をいかに「この烏の色は黒ではなく、白である」と強引に証明を試みているようにしか見えなかった。
「うーむ。ずいぶんたくさん憑けてきたのう」
頭の上のスクナがしみじみと言う。呆れるを通り越して、感心していた。真名はスクナの言葉の真意を確かめようと、見鬼の才に集中する。
すると――。
と、落ち着いた大人の女性の声がした。声のした方を見ると、資料をたくさん抱えたメガネ姿の浩子が立っていた。
「ああ、すみません……」
真名が慌てて椅子に座り直し、髪を直す。そんな真名を見て、浩子がやれやれという氷上で見下ろした。
「聞いたわよ、真名ちゃん。最近授業をサボりがちだって」
「…………」と、真名は無言で目をそらした。
「いまも英文学Ⅱの授業中じゃなかった?」
「バイトでまだまだ半人前で……」
そのために勉強を今日もしていたのだと言おうとしたのだが、
「バイトより授業が学生の本分でしょ?」
浩子がメガネを直しながら言う。浩子のメガネがきらりと光った。真名はちらりと留美を伺う。留美が不思議そうな顔でこちらを見ていた。とんだ赤っ恥に耳まで赤くなってしまった……。
食堂に華やかな声が一気に増えた。午前中の授業が終わったらしい。
浩子が研究室に戻っていくのを見送ると、早めに食事を取っていた真名たちはしばらく食後のおしゃべりをしたあと、ほどほどのところで食堂を出た。
そのあとふたりで大学の書店を歩いて小説を一冊買い、留美と別れた。
浩子にあんなふうに釘を刺されてしまったのだ。午後の授業は真面目に出よう……。
午後の授業は民俗学である。家のこともあるし、専攻以外の自由選択科目として取ってみたのだ。
准教授が大学院生に研究発表をさせることになっていた。その院生は、フィールドワークと称して各地のパワースポットを巡ってまとめたという。簡単なパワーポイントの資料を配り、ホワイトボードに画面を移してレポートの内容を発表していた。
ボブヘアで目の大きい、姉御肌を感じさせる活動的なイメージの院生でいかにも戸外での研究が似合っている。明るく笑顔で資料を配っていた。きっと合コンでもおモテになることでしょう。
ところが、だった。
発表の流れがだんだん怪しくなっていく。
最初は各地のパワースポットの紹介だったのだが、それにまつわる具体的な神話伝承をさらったあと、実際にその地を訪れた人へのインタビュー、自分自身のパワースポット訪問記になっていくと院生の発表内容は明確になっていた。
この発表は〝パワースポットは噓である〟という結論になるように論を立てているのだ。曰く、多少の磁気の変化、近くにある温泉と地熱の影響、偽薬のプラシーボ効果にも似た思い込み……。
どうしてこの授業でその結論にいけるのか、真名としてはまったく理解不能だった。実際に霊的世界を知っている真名――頭の上には神さまも乗っている――からみれば、この院生の発表は目の前にいる烏をいかに「この烏の色は黒ではなく、白である」と強引に証明を試みているようにしか見えなかった。
「うーむ。ずいぶんたくさん憑けてきたのう」
頭の上のスクナがしみじみと言う。呆れるを通り越して、感心していた。真名はスクナの言葉の真意を確かめようと、見鬼の才に集中する。
すると――。