『奇妙きてれつな霊現象がおかしいというのはすぐ分かるだろうから省くが、それでも霊現象の善悪の見極めは難しい。目に見えない相手だから、地獄の悪魔が天使のような振りをしたりするしな。だから古来、審神者を立てることが多いし、うちの取材でも普通に読んで筋の通らない話はするなと言っているだろ?』
「なるほど」と真名がメモを取っている。
霊的なものが摩訶不思議なのは当然だけれども、厳然としたルールはあるのだと泰明は言っているのだった。
『あとは霊現象が起きている人が〝霊現象を抜きにして〟善人かどうかとかも大事だが……霊現象が起きたときに本人の意識があるかどうかは大きなポイントだ』
泰明がそう言うと、留美が固くなった。
「意識がないと、危ないんですね……?」
『一概に悪とは言えない。たとえば、かかってくる霊が、それこそ神さまのような巨大神霊だったら、本人の意識が乗っ取られてしまうことがあるからな。ただ、本人の意識が霊現象をコントロールできない状態である霊媒体質だと、霊に翻弄される危険性が極めて高い』
世の中には神さまだけではなく、あやかしも悪霊も悪魔もいるのだと泰明は言う。
「あの、泰明さん。今回私はこの部室のぼやの原因を調べてほしくて真名さんに、そして泰明さんに相談しました。水晶玉の収斂火災が原因だというのは分かったのですが、私の霊媒体質をここで確認したということは、ひょっとして……」
と留美の声が揺れていた。
留美も気づいているのだな、と真名は思う。泰明は画面の向こうで軽く顎を反らして息を吐いた。
『きみはあの日、水晶玉をしまっていなかったと考えられる。水晶玉を見つめてある種のトランス状態から霊媒状態になって何かに憑依され、水晶玉を出したままで帰った。水晶玉をしまったと記憶では思い込まされて』
これがいちばんシンプルな答えだ、と泰明が断言する。留美は真っ青になって椅子から落ちそうになった。真名が立ち上がって留美を支えようとするのを、留美が力なく微笑みながら断る。
「私が〝犯人〟だったんですね……」
『刑法では霊媒状態の行動に対する規定はないだろうから犯人とは言えないはずだ。証拠は俺の霊能力しかないし。そこは安心していい』
真名は小さく手をあげた。
「あの、泰明さん。でも、いまのは推測の域を出ていないのではないのですか? ぼやの起きた日に水晶玉を見つめて深い瞑想に入っていたのは話で聞きましたけど」
すると泰明は顎をしゃくるようにしてこちらを指してきた。
『そこにいるだろ、証人が』
真名と留美が顔を見合わせる。お互いに首をかしげた。
「どういう意味でしょうか」と留美が尋ねると、泰明がもう一度顎でしゃくるようにした。留美の背後辺りを指している。
『そこ。霧島さんのおばあちゃんだって言ってる霊がいるだろ』
泰明の指摘に、真名は思わず、「いっ!?」と変な声が出た。泰明からもらった霊符の力も借りて大学では見鬼の才をセーブしているし、ドアの向こうの邪霊が気になって、留美の周りは気づかなかったのだ。
心を調えて改めて留美の周りを見ると、留美に向かって右後ろに白髪の老婆が立っていた。
頭の周りがほんのり光っている。光の世界に還っている霊の特徴だ。どうやら地獄に堕ちて迷っているわけではないらしい。
「いらっしゃいましたっ。白髪で、メガネをかけていて。えっと、お名前は――きく? きぬ? きくえ?」
真名が老婆の霊の言葉を聞き取ろうとしていると、留美が先ほどまでとは違った理由で目を丸くした。
「菊江! 私のおばあちゃんの名前です。どうして――?」
『このビデオ通話が始まってからずっとそこにいらっしゃる。〝自分がタロット占いをしていたから留美ちゃんもタロットをはじめたけど、反対だった〟〝留美ちゃんは自分よりも霊的なので、占星術を深めることはできるだろうけど、このままでは黒い影に食われてしまうから。今回はぼやで済んだけど、これから先どうなるか〟って言ってるな』
真名の目にも老婆が頷きながら同様のことを繰り返しているのが見える。
留美はその言葉を伝えられて息をのんだ。