「あ、あの、泰明さん、これは――?」

『霧島さんの話の中で俺がいちばん引っかかっていたところを確認したんだ。彼女、言ってただろ。〝水晶玉を見つめて集中するとアラームが鳴るまで戻ってこない〟みたいなこと』

「そういえば……」

 目の前の〝留美〟が足を組み、腕を組んで律樹そのものの姿勢で笑っている。

『そんな深い精神統一というのはなかなかできるものではないし、仮に本当に精神統一をそこまでできているなら、何らかの霊的な交流は起きているはず』

「それがどの程度の者かのかを知るために、律樹さんが留美さんの身体に入れるかを確かめてみたんですね? あれ? そうしたら事務所の律樹さんは?」

「いま僕は事務所からは消えてるよ。物質化を解いて、霊体になって、泰明の霊能力でこの女の子の身体の中に入ってるから。ある種の霊媒状態だね」
 と律樹が説明した。

『これで霧島さんの精神統一は、ただの意識の集中でなく、霊媒ができるほどのものだと分かった。――それでは律樹、戻って仕事をしろ』

「へーへー」

 人使いの荒いこった、と愚痴って律樹が留美の身体から出た。留美は相変わらずぼんやりと水晶玉を見つめた状態で座っている。いままでのことがまるで噓のようだ。真名にとっては、先ほどの、律樹の霊体に支配されていたときの留美の振る舞いもたいがいだったが、いまの状態もどこか怖いものを感じた。

「留美さん、全然戻ってこないですね。大丈夫なんでしょうか」

『予想通りだ』と泰明が平然としている。
『神代。霧島さんのスマホのアラームを鳴らせ』

 泰明に言われて、真名が留美のスマホに手を伸ばす。真名のスマホと同機種だったから分かりやすかった。

 真名がアラームを鳴らすと、留美の目に光が戻り、表情が戻る。

「あ、アラーム鳴っちゃった。切ってたつもりなのに」スマホのアラームを消した留美が、ふと気づく。
「あれ? スマホで動画を撮っていたのですよね?」

「そうなんです。そうなんですけど――実は……」

 留美が水晶玉を見つめはじめてから何があったのかを、真名が説明する。説明だけではなかった。留美のスマホで撮影した動画も見ながらだ。最初は笑っていた留美だったが、自分のスマホの動画を見てしまっては否定できなかった。

 話を聞き終えると、留美はすっかり顔色が青くなっている。

「私、知らなかった……。いつもこんなふうになっていたのでしょうか」
 と、留美が涙をこぼした。

「留美さん……」と真名が痛ましげな顔つきになる。

『……神代はやさしいな』

「え?」

 泰明の台詞を真名が聞き返した。うれしいこと言われたように思うけど、信じられない。泰明は真名に答えずに別の話に移った。

『人間の心というのはものすごく感度がいいからな。精神統一をすれば必ず霊的な感応が来る。ただし、問題は――よい霊現象か悪い霊現象か、だ』

 泰明の言葉に、留美が首をかしげる。

「霊現象によいものと悪いものがあるのですか」

 もちろんだ、と泰明が説明した。

『そうでなければ、そもそも陰陽師みたいな調伏が必要にならないだろ? 普通の人が霊現象を否定したがるのも、善悪がごちゃまぜになっていてよく分からないからというのもあるしな』

「見分け方、みたいなものはあるんですか」
 と真名が尋ねる。半分は自分自身のための質問だった。