『本当にそれだけだと思うか』と画面越しに泰明が冷めた一瞥を真名にくれた。
「え?」
『真名。俺が今日のために渡した霊符を机に置け』
相変わらずのぶっきらぼうぶりで泰明が命じる。真名は鞄から霊符を出して机に置いた。複雑な文様が書かれているが、以前渡されたものと違って真名にはよく分からない。
「置きました」
よし、と頷いた泰明が、画面の向こうで合掌をしたときだった。こつこつとノックする音がする。
扉に意識を向けそうになった真名を泰明が止めた。
『構うな。人なら声をかけてくる』
「それは……」
『人じゃないヤツが邪魔しに来てるんだ。――スクナさま、恐れ入りますがお力をお貸しください』
泰明が頭を下げる。
スクナは「よかろう」と頷いて真名の側に出現し、机の上に立つと扉を凜々しく睨んだ。身長十センチのかわいらしい小学生男子が気合いを入れているようにしか真名には見えないけれど……。
「去ね!」とスクナが手のひらを一喝する。
扉の向こうで何かが弾けるような音がした。霊的な音ではない。物理的な音として響いた。ラップ音を強烈にしたような感じだ。
ところが、留美は深い精神統一から帰ってこなかった。脱魂状態に近いのかもしれない。
『いまの大きな音でも戻ってこないなら、本当かもしれないな』
「何がですか?」と真名が問うが、泰明は例によって答えずに両手で複雑に印を結んだ。
『ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・こ・とを』
泰明が死者も甦るという布瑠の言を唱える。
その声に呼応するように霊符が光を帯びた。
真名が動けないでいると、霊符から一条の光が留美の胸に差し込む。
「泰明さん、これって――」
大丈夫なのかと聞こうとした、そのときだった。
いままで水晶玉を覗き込んだ姿勢のまま深い精神統一に入ってた留美が、弾かれたように顔を上げた。
留美と泰明を見て、突然、言葉を発する。
「ははは。泰明のヤツ、仕事を中止して待機していろって言ってて、いきなり何をするのかと思ったらこういうことか」
と留美がいきなり男言葉で話し出した。
真名は怖くなって「ひっ!?」と、跳び上がりそうになる。その真名に目の前の〝留美〟が明るく言った。
「なになに、真名ちゃん、僕のこと気づかないの?」
「し、知りません!!」
半泣きの真名をスクナがなだめる。
「落ち着け、真名よ。話し方はなれなれしいが、害意はない。よく見てみよ。いまあの女の中に入っているのは、〝律樹〟じゃぞ?」
「え……!?」
目尻に涙をにじませた真名が、スクナに促されてもう一度、〝留美〟を――見鬼の才で――見てみると、メガネをかけた留美の姿にダブって律樹の軽い姿が見えた。
真名の表情が変わったのを確かめるように、チャラい敬礼のような仕草をしながら〝留美〟――というより律樹――が片方の目をつぶった。
「やっと気づいてくれたかなー、真名ちゃーん」
分かってしまえば律樹なのだが……いかにも文系メガネ女子の留美の顔と声が〝律樹している〟のが違和感たっぷりである。
スマホの向こうの泰明は『やはりな』と呟いていた。