留美は階段を上り、サークル棟の奥へ真名を案内した。

 サークル棟の入り口付近では騒がしかったのに、三階の奥の部室まで来るとだいぶ音が聞こえなくなっていた。

「静かなんですね。あ、でも、うるさかったら占いなんてできませんもんね」
 と真名が感想を言うと、留美が部室の鍵を開けながら答える。

「もうすぐ六限が終わって軽音学部とかが始まるとちょっと聞こえますけどね」

 どうぞ、と言って留美が扉を開けた。まだ焦げ臭い匂いが少し残っている。見れば、開けられたカーテンの一部に焦げがあった。消火器で消したあとも残っている。

「無理言って開けてもらってすみません」と真名が改めて頭を下げた。

「いまは活動停止中で私も鍵を持っていないので、顧問の寺沢先生にお願いして特別に鍵を借りました。テキストを間違えて置いてきてしまったと言ったら、苦笑いしながら『内緒よ?』って、特別に」

 留美が真名に椅子を勧める。

「いい先生なんですね」

「助教なんだけど、人当たりのいいおばあちゃんって感じ。本人は教授になるのなんかとっくにあきらめてのんびりやってるって、口癖みたいにいっているわ」

 真名は自分のスマホを取り出すと、ビデオ通話アプリをタップした。独特の呼び出し音がして、画面に泰明が映った。

『ついたか』と泰明。背景を見ると事務所ではない。

「部室につきました。泰明さんはどちらですか?」

『おまえの大学の側のファミレス。隠行の術はかけてあるから通話しても誰も気にしないはずだ』

 隠行の術は主として悪霊やあかやしから見えないようにする陰陽師の術だったが、そこから応用して普通の人間からは気にされないように気配を消すものだった。
 男の泰明が大学構内に入ってこられないので、代わりに部室についたらビデオ通話で指示を出すことにしていた。

 けれども、もしかして、隠行の術を使えば泰明が女子大の中に入ってこられたのではないかと真名は思ったが、また機嫌を損ねるといけないので黙っていた。女子が苦手なのだろうと思うことにする。

 真名がスマホの向きを変え、画面を外側に向けた。

『それでは始めよう。――神代、焼けたカーテンを見せてくれ』

 真名は指示通りにスマホの画面でカーテンの焦げあとを見せる。画面の向こうで泰明が、なるほどと頷いていた。

「どうでしょうか」

『周りも見せてくれ。ゆっくり――自分でもその場所をじっくり眺めるようにな』

 真名がカーテンとその周辺をゆっくりとスマホを動かす。泰明に言われたように、自分でも凝視するようにした。もっと全体をとか、右の方もとか、泰明の指示がときどき入る。十分くらいかけて部室全体をじっくり眺め回し、泰明は机に戻るように真名に言った。

「燃えてしまったタロットは捨てられてしまったので、ここにはないのですけど」
 と留美が悲しげに付け加える。

『大丈夫。そちらはなくても原因を突き止められる』と泰明がコーヒーを飲む。
『霧島さん、ロッカーから水晶玉を取り出してください』

 水晶玉を取り出した留美は半信半疑といった面持ちだった。十センチくらいの直系の透明な球体を、留美が机の上に置く。

「出しました」

『それが普段使っている水晶玉だな? 他にはないな?』
「はい」と留美が答えた。

 その瞬間だった。真名の背中に怖気が走る。頰に鳥肌が立った。