霊符の効き目は如実だった。
 手にした途端にほのかに身体全体が温かくなる。薄手のシャツを一枚多く着込んだような感覚だった。

「この霊符を持っていれば、神代の霊能力を低い辺りで押さることになる。例外的に俺が側にいるとき、俺が力を与えているときは霊符の力をキャンセルして見鬼の才を発揮できるだろうが、まあそれはオマケみたいなものだ」

「何だか一枚、シャツを余分に着たか、ヴェールを被ったようにも感じます」

「神代自身がどれだけ霊能力があることを普通に感じていたか分からないから、違和感があったら言ってくれ」

 霊能力と言っても霊的なものへの五感だから、一部セーブで不具合が生じないかと泰明は気にしているのだった。

「たぶん大丈夫だと思いますけど」

「遠視の人が視力をやや押さえるためにメガネをかけるようなものだから、多少負担があるかもしれないからな」

 なるほど、と真名は納得すると共に、何だか笑いがこみ上げてきた。

「ふふ」

「何だ?」と泰明が険しい顔で一瞥する。

「やさしいんですね。泰明さんは」

 言ってしまって真名は失言に気づいた。泰明の目がつり上がり、いまにも呪を叩きつけてきそうな迫力になる。

「妙なことを言うな」

「は、はい……」

 ちょうど亜紀が化粧直しから帰ってきてくれたので、真名は事なきを得た。泰明が舌打ちする。泰明は真名から目をそらすと、ボールペンで頭を搔いた。

「うちの編集長、陰陽師が好きで。〝占星術と言えば西洋の陰陽師みたいなところもあるから、手伝ってやりなさい〟と乗り気なんだけど……」

「本当ですか」と真名の方が驚いてしまう。

「ああ。もちろんあやかしがらみだったら記事にする前提ではあるけど」さすが昭五、押さえるところは押さえている。
「何となく、だいたい分かった」

 泰明がそう言うと、留美がメガネのレンズのように目を丸くする。

「ぼやの原因が分かったのですか?」

「その前に確認しておきたいけど、ぼやの原因について自分で占った?」

「はい。けれども、私がいままで使っていたカードが焼けてしまい、新しいカードを用意したのでいまいちぴんとこなくて……」

 その感覚は真名にも理解できるように思った。陰陽師の場合、占をするときには六壬式盤という道具を使う。天盤と地盤というふたつの部分からなるものだが、昔から使い慣れている式盤でないと占に自信が持てないという感覚は分かる気がした。

「あやふやだった?」

「〝魔のもの〟による、というくらいしか分からなくて……。それで、亜紀から神代さんの話を聞いて相談したんです」

 なるほど、と頷いた泰明がコーヒーを飲んで一息つく。

「けれども、ここに最大の問題があってね」

「何でしょうか」と真名が質問し、亜紀と顔を見合わせた。

 コーヒーを飲んでいた泰明の手が止まる。「本気で言っているのか?」

「え? はい……」

 泰明は大仰にため息をついた。

「俺、男。――女子大に入れっこないだろ」
 と、苦虫をかみつぶしたような顔で泰明が自分の顔を指さした。真名は血の気が引いた。肝心かなめのところで泰明に同行してもらえないではないか。

「親族として中に入るのは……?」

「身分証明を偽造するのか? 余裕で犯罪だろ」

「じゃ、じゃあ、編集者として――」

 すると泰明は真名を見下ろすようにした。

「大学に取材を正式に申し込もうとしたら大学広報を通さないといけない。門前払いを喰らったらそれまでだぞ」

「そっか……」真名は頭を抱えた。
「いっそ、女装してみるとかは」

「俺、帰るぞ」

 ほんの軽い冗談だったのだが、泰明は本気で帰ろうとしている。

 泰明をなだめるために、真名はコーヒーのおかわりとモンブランを購入・贈呈するはめになった。