留美の話が終わると、真名が申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね、同じ話を二回もしてもらっちゃって」
「いいえ。大丈夫です」と、留美が手元のコーヒーを飲んで喉を潤す。
「こちらこそ、わざわざ編集部の方にまでご足労いただいて……」
留美の視線が真名の横にいる涼やかな顔の美男子――泰明に向けられていた。
ここは高田馬場駅そばのカフェである。
留美から占星術部のボヤについて聞いた真名は、一通り聞いて自分の手に余る話だと察した。なぜなら留美相談は火災の原因調査だったからだ。それは消防署の仕事のはずである。
けれども――スクナが真名に言ったのだ。
「この件、放っておいたらボヤでは済まなくなるぞ。悪しきモノの匂いがするわい」と。
つい先日も、留美の有人である亜紀の〝怪異事件〟にかかわったばかりだ。
この一件もいろいろな評価はできるが、「月刊陰陽師」編集部としての見解は「あの時点でかかわったのには意味があった」だった。
いまスクナがこのように言ってきたのも無視してよいはずがない。そもそもスクナは神さまなのだから、そのお告げに意味は重く考えなければいけない。
……のだが、火災の原因調査などどうやればいいか分からない。陰陽師として占をすればいいのだろうか。スクナの言葉通りなら悪霊やあやかしの力も及んでいる可能性がある。
そこで真名は泰明に応援を求めた。
泰明は男だから、女子大には入ってこられない。
そこで今回も、某有名スピリチュアル雑誌の編集者に力を借りようということで、真名は留美を高田馬場まで連れてきたのだった。
「それで、霧島さんは〝火災の原因を探ってほしい〟ということなんだな?」
泰明がほっそりした白い指を顎に当てながら確認する。
「はい」と留美が頷く。
「ぼやのためにいま部室は使用禁止になり、サークル活動も当面停止処分になっているのです。個人でも占いはできるのですけど、やはりこの状態がそのままというのは……」
「消防署では分からなかったのか?」
すると留美がうつむいた。メガネが一緒にずり落ちそうになっている。
「カーテンから発火したそうなのですが、引火の原因が分からないそうです」
「それはつまり、部室に火の気がなかった、と?」
「はい。ガスコンロのようなものはありませんでしたし、コンセントがたこ足配線になっていたり埃をかぶっていたりして火花が散るような状態でもありませんでした」
留美の答えを、泰明がメモを取りながら聞いている。取材の体を取っているからだった。隣の真名は泰明のノートをちらちらと眺めている。どんなことをメモしているのかを見たい。どんな顔で取材をしているのかも見たい――。
「……神代、何か?」
「あ? い、いいえ?」
泰明と思い切り目が合って、変な汗が出た。
亜紀が化粧直しで席を外すと、真名は一段と硬直する。……間が持たない。
すると泰明の方から話しかけてきた。
「神代、大丈夫か」
「は、はい――?」
「何だか固いようだが。ひょっとしてまた見鬼の才が意図しないところまで発揮されているとかか?」
真名は思わず隣の席の泰明に目を向ける。泰明がこっちを向いていた。目線が真正面でぶつかり、緊張する。いつも通りの絶対零度な美青年なのだが――心配してくれた?
「いえ。そんなことはないです。いたって正常で」
「そうか。ならいいが……」
そう言って泰明は鞄からお札のようなものを取り出した。スクナを呼び出したときの霊符にちょっと似ている。
「これは……?」
「まあ、お守りみたいなものだ。五年以上前、やっぱり神代みたいに霊能力が安定しない知り合いがいてな。そのときには本人の修行程度で考えていたが、いまの仕事でいろいろと教わって作った制御の霊符だ」
「泰明さんが作ったんですか!?」
と真名が驚いた。泰明は真名から目線を外す。
「ああ。精度はそれなりにあるはずだ」
同時に、真名には先ほどの泰明の言葉が引っかかった。五年以上前。以前、昭五から聞いた泰明の従妹がまだ元気だった頃のはずだ。その頃〝いた〟霊能力が安定しない知り合い。それは従妹のことではないだろうか。
根拠はない。ただの真名の勘だ。
けれども、それが当たっているような気がした。
「ありがとうございます」と真名は受け取った。
――私はその従妹さんみたいにはなりません。スクナさまもいるし、両親も編集部のみなさんもいるし。だから、そんなに心配しないでください。何より過去のつらい思い出に引きずられないでください。
本当ならそう言ってあげたかったが、泰明は真名が自分の従妹のことを聞いているとは思っていないはずだ。
だから、言えない。
仮に知っていたとしても、真名の実力では大丈夫というのはあまりにも根拠が薄かった。かえって泰明に、「慢心するな」と怒られるだけだろう。
「ごめんなさいね、同じ話を二回もしてもらっちゃって」
「いいえ。大丈夫です」と、留美が手元のコーヒーを飲んで喉を潤す。
「こちらこそ、わざわざ編集部の方にまでご足労いただいて……」
留美の視線が真名の横にいる涼やかな顔の美男子――泰明に向けられていた。
ここは高田馬場駅そばのカフェである。
留美から占星術部のボヤについて聞いた真名は、一通り聞いて自分の手に余る話だと察した。なぜなら留美相談は火災の原因調査だったからだ。それは消防署の仕事のはずである。
けれども――スクナが真名に言ったのだ。
「この件、放っておいたらボヤでは済まなくなるぞ。悪しきモノの匂いがするわい」と。
つい先日も、留美の有人である亜紀の〝怪異事件〟にかかわったばかりだ。
この一件もいろいろな評価はできるが、「月刊陰陽師」編集部としての見解は「あの時点でかかわったのには意味があった」だった。
いまスクナがこのように言ってきたのも無視してよいはずがない。そもそもスクナは神さまなのだから、そのお告げに意味は重く考えなければいけない。
……のだが、火災の原因調査などどうやればいいか分からない。陰陽師として占をすればいいのだろうか。スクナの言葉通りなら悪霊やあやかしの力も及んでいる可能性がある。
そこで真名は泰明に応援を求めた。
泰明は男だから、女子大には入ってこられない。
そこで今回も、某有名スピリチュアル雑誌の編集者に力を借りようということで、真名は留美を高田馬場まで連れてきたのだった。
「それで、霧島さんは〝火災の原因を探ってほしい〟ということなんだな?」
泰明がほっそりした白い指を顎に当てながら確認する。
「はい」と留美が頷く。
「ぼやのためにいま部室は使用禁止になり、サークル活動も当面停止処分になっているのです。個人でも占いはできるのですけど、やはりこの状態がそのままというのは……」
「消防署では分からなかったのか?」
すると留美がうつむいた。メガネが一緒にずり落ちそうになっている。
「カーテンから発火したそうなのですが、引火の原因が分からないそうです」
「それはつまり、部室に火の気がなかった、と?」
「はい。ガスコンロのようなものはありませんでしたし、コンセントがたこ足配線になっていたり埃をかぶっていたりして火花が散るような状態でもありませんでした」
留美の答えを、泰明がメモを取りながら聞いている。取材の体を取っているからだった。隣の真名は泰明のノートをちらちらと眺めている。どんなことをメモしているのかを見たい。どんな顔で取材をしているのかも見たい――。
「……神代、何か?」
「あ? い、いいえ?」
泰明と思い切り目が合って、変な汗が出た。
亜紀が化粧直しで席を外すと、真名は一段と硬直する。……間が持たない。
すると泰明の方から話しかけてきた。
「神代、大丈夫か」
「は、はい――?」
「何だか固いようだが。ひょっとしてまた見鬼の才が意図しないところまで発揮されているとかか?」
真名は思わず隣の席の泰明に目を向ける。泰明がこっちを向いていた。目線が真正面でぶつかり、緊張する。いつも通りの絶対零度な美青年なのだが――心配してくれた?
「いえ。そんなことはないです。いたって正常で」
「そうか。ならいいが……」
そう言って泰明は鞄からお札のようなものを取り出した。スクナを呼び出したときの霊符にちょっと似ている。
「これは……?」
「まあ、お守りみたいなものだ。五年以上前、やっぱり神代みたいに霊能力が安定しない知り合いがいてな。そのときには本人の修行程度で考えていたが、いまの仕事でいろいろと教わって作った制御の霊符だ」
「泰明さんが作ったんですか!?」
と真名が驚いた。泰明は真名から目線を外す。
「ああ。精度はそれなりにあるはずだ」
同時に、真名には先ほどの泰明の言葉が引っかかった。五年以上前。以前、昭五から聞いた泰明の従妹がまだ元気だった頃のはずだ。その頃〝いた〟霊能力が安定しない知り合い。それは従妹のことではないだろうか。
根拠はない。ただの真名の勘だ。
けれども、それが当たっているような気がした。
「ありがとうございます」と真名は受け取った。
――私はその従妹さんみたいにはなりません。スクナさまもいるし、両親も編集部のみなさんもいるし。だから、そんなに心配しないでください。何より過去のつらい思い出に引きずられないでください。
本当ならそう言ってあげたかったが、泰明は真名が自分の従妹のことを聞いているとは思っていないはずだ。
だから、言えない。
仮に知っていたとしても、真名の実力では大丈夫というのはあまりにも根拠が薄かった。かえって泰明に、「慢心するな」と怒られるだけだろう。