亜紀はこちらに軽く頭を下げただけで、違う方向を向き、スマホをいじっていた。
あれから一週間。竜太とはどうなったのだろうと真名が考えていると、留美が苦笑しながら言った。
「亜紀、何だか最近悩んでいたらしいんですけど、神代さんの相談を受けて、同棲していた彼氏ときっぱり別れることができたって」
「あ……そうでしたか」
別れたのか。
ずいぶんあっさりしたものだなと思う。
しかし、真名は内心で首をかしげた。
別れたのだとしたら、なぜまだ黒い靄が見えるのか。
まだ竜太に執着しているのだろうか……。
「まあ、亜紀は男の人がいないとダメみたいで。前の彼と別れて、すぐに別の人と付き合い始めましたけどね」
「はあ……」
これで黒い靄の合点はいったが……今回のお付き合いが幸福なものになりますようにと真名は祈った。
テーブルの上のスクナは「やれやれ。また馬鹿な男を選んでなければいいのじゃが」とため息をついている。
「それで、私にどんなご用でしょうか」
と真名が尋ねると、留美が少し声を潜めた。
「亜紀から、神代さんの相談というのは結構スピリチュアルだったと聞いて」
真名の頰が強張る。
「月刊陰陽師」の存在は亜紀も知らないからそちらに心配はない。
だが、同じ学校の学生から〝霊能者〟として認知されるのは避けたいところだった。
いやむしろ、これまで真名は自分が霊能者であり陰陽師であることは隠してきた。
知られたところで友人関係が深まることはなかったからだ。経験上、霊能力が友情によい働きをしたことは、ない。
とりあえず真名自身が落ち着くためにも留美を向かいの席に座らせる。
あと一口残っていたイタリアンハンバーグはすっかり冷めていた。
「西山さんからはどんなふうに聞いてらっしゃるんですか」
声に緊張の色が混じる。
しかし、スクナは「そんなに緊張しては相手に悪いぞ?」と鷹揚に構えていた。
スクナのおかげで多少心が軽くなったところへ、留美が不意にまた頭を下げた。
「ありがとうございました」
「え?」
「実は私、大学の占星術部に入っているんです。それで亜紀の彼があんまりよくない――いいえ、かなり悪い結果になりそうだって占いで出てて。別れるように話をしていたんですけど、私の説得では聞いていくれないで困っていたんです」
「ああ、そうだったんですね……」
占いでそこまできちんと見ていたという留美の実力に、真名は驚くと同時に今回の取材の前に自分こそ陰陽師として占を立てておくべきだったと反省する。
やったことはないけれども、お父さんに教えてもらおう……。
留美と亜紀は中学時代からの友達だったらしい。
ずっと一緒にいた友人の気安さゆえに、亜紀は留美のアドバイスを真剣に聞けなかったのかもしれない。
「それが、神代さんの言葉で別れるって決意できたのは、すごいなって。……ちょっと悔しいですけど」
と言って留美が苦笑いした。
その飾らなさが真名には好意的に思えた。
「本当は私のやったことなんてほとんどないんですよ? 一緒に同行した人の力もあって……」
真名がそう言うと留美が感心したような表情になる。
「なるほど。謙虚な方なのですね」
「いいえ、そんなこと……」
泰明の力がなければ解決できなかったのは事実だ。
「こういうのって、人に言えない秘伝みたいなのがあると思うので、私も細かい話は聞きません」と留美が言ってくれて、真名は目に見えてほっとした。
ところがそのあと、留美はこう続けた。
「けれども、力を貸していただきたいのです」
留美の言葉に、真名がどうしようかと考えていると、スクナがテーブルの上で神託のように告げる。
「この者は先日の女のような邪気はないようじゃ。助けてやれ」
真名はスクナの言葉に従うことにした。
こちらもすっかり冷めたコンソメスープを飲み干し、留美の先を促す。
留美は向こうにいる亜紀に手を振る。
亜紀は留美に笑顔を、真名に一礼を残して出ていった。
真名に向き直った留美が持ちかけてきた相談事は、留美にも真名にも予想できない方向へと進んでいくのだった。
あれから一週間。竜太とはどうなったのだろうと真名が考えていると、留美が苦笑しながら言った。
「亜紀、何だか最近悩んでいたらしいんですけど、神代さんの相談を受けて、同棲していた彼氏ときっぱり別れることができたって」
「あ……そうでしたか」
別れたのか。
ずいぶんあっさりしたものだなと思う。
しかし、真名は内心で首をかしげた。
別れたのだとしたら、なぜまだ黒い靄が見えるのか。
まだ竜太に執着しているのだろうか……。
「まあ、亜紀は男の人がいないとダメみたいで。前の彼と別れて、すぐに別の人と付き合い始めましたけどね」
「はあ……」
これで黒い靄の合点はいったが……今回のお付き合いが幸福なものになりますようにと真名は祈った。
テーブルの上のスクナは「やれやれ。また馬鹿な男を選んでなければいいのじゃが」とため息をついている。
「それで、私にどんなご用でしょうか」
と真名が尋ねると、留美が少し声を潜めた。
「亜紀から、神代さんの相談というのは結構スピリチュアルだったと聞いて」
真名の頰が強張る。
「月刊陰陽師」の存在は亜紀も知らないからそちらに心配はない。
だが、同じ学校の学生から〝霊能者〟として認知されるのは避けたいところだった。
いやむしろ、これまで真名は自分が霊能者であり陰陽師であることは隠してきた。
知られたところで友人関係が深まることはなかったからだ。経験上、霊能力が友情によい働きをしたことは、ない。
とりあえず真名自身が落ち着くためにも留美を向かいの席に座らせる。
あと一口残っていたイタリアンハンバーグはすっかり冷めていた。
「西山さんからはどんなふうに聞いてらっしゃるんですか」
声に緊張の色が混じる。
しかし、スクナは「そんなに緊張しては相手に悪いぞ?」と鷹揚に構えていた。
スクナのおかげで多少心が軽くなったところへ、留美が不意にまた頭を下げた。
「ありがとうございました」
「え?」
「実は私、大学の占星術部に入っているんです。それで亜紀の彼があんまりよくない――いいえ、かなり悪い結果になりそうだって占いで出てて。別れるように話をしていたんですけど、私の説得では聞いていくれないで困っていたんです」
「ああ、そうだったんですね……」
占いでそこまできちんと見ていたという留美の実力に、真名は驚くと同時に今回の取材の前に自分こそ陰陽師として占を立てておくべきだったと反省する。
やったことはないけれども、お父さんに教えてもらおう……。
留美と亜紀は中学時代からの友達だったらしい。
ずっと一緒にいた友人の気安さゆえに、亜紀は留美のアドバイスを真剣に聞けなかったのかもしれない。
「それが、神代さんの言葉で別れるって決意できたのは、すごいなって。……ちょっと悔しいですけど」
と言って留美が苦笑いした。
その飾らなさが真名には好意的に思えた。
「本当は私のやったことなんてほとんどないんですよ? 一緒に同行した人の力もあって……」
真名がそう言うと留美が感心したような表情になる。
「なるほど。謙虚な方なのですね」
「いいえ、そんなこと……」
泰明の力がなければ解決できなかったのは事実だ。
「こういうのって、人に言えない秘伝みたいなのがあると思うので、私も細かい話は聞きません」と留美が言ってくれて、真名は目に見えてほっとした。
ところがそのあと、留美はこう続けた。
「けれども、力を貸していただきたいのです」
留美の言葉に、真名がどうしようかと考えていると、スクナがテーブルの上で神託のように告げる。
「この者は先日の女のような邪気はないようじゃ。助けてやれ」
真名はスクナの言葉に従うことにした。
こちらもすっかり冷めたコンソメスープを飲み干し、留美の先を促す。
留美は向こうにいる亜紀に手を振る。
亜紀は留美に笑顔を、真名に一礼を残して出ていった。
真名に向き直った留美が持ちかけてきた相談事は、留美にも真名にも予想できない方向へと進んでいくのだった。