次のバイトの時だった。

編集部に入ってみると、昭五と律樹だけがいた。

「お疲れさまでーす……」

 まだ不慣れな真名がひっそり声をかけた。

「お疲れー」と律樹がモニターから目を離さずに手を振る。ヘッドホンをしているのによく聞こえるな……。

「ああ、お疲れさまー」とあくび混じりに昭五が言う。
「うんうん。泰明くんがいないと、何かこう、ゆったりしてしまうねえ。いいね、いいね。」

「あはは。編集長がそんなこと言っていいんスか」と、律樹がヘッドホンを外して伸びをしている。
「その通りなんスけど」

 立ち上がった律樹が冷蔵庫から炭酸飲料を取り出し、あおる。
 律樹はいたずら好きの猫のように楽しげに炭酸を飲んでいる。普段は麦茶なのに。
 これも泰明がいないからなのだろうか。

「みなさんも、やっぱり、泰明さんって怖いんですか」

「当たり前じゃん」と律樹が即答し、昭五は黙ってにんまりした。

「当たり前なんですか」

「けれども、彼がいないと仕事が回らないのも事実だし、場が締まらないのも事実だからいないと困るんだけどね」

 たしかにこれだけだらけていては仕事が進むまい。

「あの、それで、泰明さんは――?」

「うんうん。補足取材が発生して出てる。もう少ししたら戻ると思うから、ゆっくりしてて。鬼の居ぬ間に何とやらだよ。いいねえ……」

 昭五が背もたれにのけぞるように身体を伸ばした。
 まるで家でくつろぐ犬みたいだ。

 はあ、とだけ答えて、真名は自分の席につく。
 遅刻しそうになって駅から早足だったから少し汗をかいていた。
 真名はハンカチを取りだして額の生え際の辺りを押さえた。

 ふと、隣の泰明の席を見ると、机の上に小さくてまるっこいぺんぎんの赤ちゃんのぬいぐるみが置いてあって『離席中』という札がかかっている。

「かわいい……」

 思わず真名は口をついて出てしまった。
 ついでもう一度、席を確認する。
 
 泰明の席にどうしてこんなかわいらしいものが置かれているのだろうか。
 ひょっとして見てはいけないものを見てしまったのだろうか。
 あとで裏に呼ばれて妙な術を施されてしまうような……。

「うんうん。それね、泰明くんの趣味」

「趣味ぃ!?」

 昭五の意外な説明に、真名が叫んだ。

「そうそう。彼ね、かわいくて小さいもの大好きなんだよ。マジでぶち切れさせちゃったときには、その手のぬいぐるみとで平謝りするといいよ」

「本当ですか!?」

 意外すぎる話に真名の混乱は続く。

「ははは。ちなみにそれマジだからね。編集長の実話」

 律樹と昭五が顔を合わせ、声を上げて笑っていた。
 笑い事なのだろうか。

 それにしても。

 ドS陰陽師とぺんぎんの赤ちゃんの取り合わせ。

 かわいいのに、見てはいけないもの感が先行するのはなぜだろう。

 とりあえず、かわいいからとあのぬいぐるみを軽々しく手に取らなくてよかった。

「うんうん。本当に真名ちゃんはよくやっているよ」と昭五。

「いえいえ。まだ働き出したばかりですし」

「正直、どうかなとは思ったんだ。真名ちゃんではなく、泰明くんの方がね」

 昭五の声が少し憂いを帯びた。律樹がヘッドホンをつけ直し、作業に戻る。真名は内心ぞっとなった。