竜太はいまにもつかみかかりそうな怒りの表情を露わにして、真名を睨んでいる。真名に強烈な恨みと怒りの念が襲いかかろうとするのを、泰明は自らの身体を楯にして守っていた。その泰明が竜太に言う。

「さあ、どうしますか? 盗聴器が出た以上、立派な事件です。警察を呼びますか。それとも白状しますか」

 泰明が冷たい目で見下ろすように竜太に選択肢を突きつけた。しばらく肩をふるわせ、竜太が自白した。俺がやった、と。理由はスクナが指摘した通り、他に女性ができたからだった。

「どうして、竜太。私、いままでこんなに愛してきたじゃない」

 呆然と亜紀が語りかける。小さく握った拳で、男を叩く。最初は力なく。徐々に力を込めて。
 そんなことで男のわがままが変わるわけでもないのに。
 男がごめんと謝る声がむなしく室内に響く。
 真名の見鬼の才で、ふたりをぐるぐるにしていた黒い靄が断ち切れていくさまが見えた。その様子に真名は眉をひそめる。

 あやかしでもなく、作り物でもなく、亜紀の、本当の女性のすすり泣きの声だけがいつまでも続いていた。


 週が明けて、真名と泰明は編集部で昭五に今回の取材の報告をすると、昭五は面白そうに話を聞いて上機嫌にこう言った。

「うんうん。いいね、いいね。それ、載せちゃおう」

「え!?」と真名が意外そうな顔をする。「これ、悪霊やあやかしの仕業ではなかったのですよ?」

「全然いいよ」と昭五は相変わらず上機嫌だった。「泰明くんもいいよね?」

 ええ、と泰明が頷くと、今度こそ真名は目を丸くする。

「どうして、ですか」と真名が理由を尋ねた。

 泰明が昭五を促すと、昭五が両手を組んで笑う。

「うーん、面白そうだから?」

「……それでいいのですか?」

 真名の頰が引きつっていた。昭五が頭を搔く。

「ははは。半分冗談だよ」

「半分ですか」

「だって、あやかしがらみかと思いきや、科学の力でそこまでやったんだ。最初から〝あやかしの仕業だ〟と思っている陰陽師にとっては意外と見抜けないかもしれないし、それを悪用して陰陽師をはめようとする輩が出てもいけないからね」

 昭五はにこにこ顔だったが、目は笑っていなかった。なるほど、昭五の危惧することも分かる。科学技術の発展で心霊写真はそうとう擬装しやすくなったとも言われているけど、同様の問題をはらんでいたのだ。

「なるほど……」と真名が頷くと、泰明がさらに続ける。

「今回の取材はそれだけではなかったかもしれない、と俺は思っている」

「それだけではない?」

 真名がおうむ返しにすると、泰明は考えをまとめながら話すように説明した。

「結論から言うと、女性の側――松山さんは最初から男の仕業だと分かっていたんじゃないかと思っている」

「本当ですか」

「神代が自分で言っただろ? あのふたり、黒い靄のような想念の煙で互いを縛り合っていた、けれども真相が分かったときには男の側の靄が消えて、松山さんだけが黒い靄に包まれていた、とね」

 泰明の確認に真名はあの日のことを思い出す。
 ――真相が分かり、ふたりの身体をがんじがらめにしていた黒い靄はばらばらになっていった。
 その靄は、涙と共に男の不実をなじる亜紀の方へ吸い寄せられ、彼女ひとりが煙が渦巻くような黒い靄に包まれていく。その姿はまるで漆黒のドレスを纏うようだった。

「でも、そんなことって……」

「俺は現場にいたから分かるけど、あの女性の目はちょっと妙だった。俺や神代さんや彼氏のことさえ見ていないかもしれない。自分の心の中の闇に閉じこもり、現実に目をつぶり、欠点だらけの男に尽くす自分を止められなくなっている目に見えた」

 真名は答えの代わりにため息をついた。泰明の分析は男の立場からの解析のように見えるけど、決して的外れではないと真名も思ったからだ。

「上出来だったと思うよ、真名ちゃん」と昭五が手を叩いた。

「そう、でしょうか」

「うんうん。〝取材は命がけ〟さ。あそこできみが見つけて、取材してこんなふうに原因を見つけていなかったら、ひどい破局を迎えていたかもしれない。ただふたりが分かれる、というだけではなく、もっと決定的な――私たちが本腰で調伏にあたらなければいけないような――破局をね」

 鬼にならなくてよかったね、その女の人――。

 外で蟬がひどく鳴いている。わんわんと頭の中を回るような蟬の鳴き声を聞きながら、亜紀に聞こえていた〝女のすすり泣きや呻き声〟はどんな声だったのだろうと真名は突然に疑問が湧いた。

 もしかしたら、その声は亜紀に似ていたのではないか、と真名は思った。