部屋につくと、震える亜紀を抱えながら竜太が出てきた。怪訝な顔をしている。

「あんたらか」

「西山さんからお電話で」

 亜紀が震えながら真名に手を伸ばす。

「さっき、リビングに座ってテレビを見てたら、またあの〝女の声〟が、すすり泣くような声が聞こえてきたんです。さっき神代さんにあれこれ話してて、それで聞こえてきたんで、怖くて怖くて」

「大丈夫ですよ、西山さん。私たちが何とかしますから」
 と真名が亜紀を励ました。

「え?」

「取材料です」

 その瞬間、亜紀が冷め切ったような顔になったのを真名は見逃さない。だが、すぐに亜紀は自分の冷たい表情を隠した。

「私、もうこんな部屋、嫌」

 亜紀が泣いていた。その様子を見ながら真名はコーヒーショップでの泰明の仮説を振り返る。本当に泰明の言っていることは正しいのだろうか。

 そのとき、亜紀が顔を上げ、真名と目が合った。

 ――〝繫がった〟。

 亜紀の黒い瞳から流れ込んでくるのは彼女の想念であり、情念だった。

 先ほどの冷め切った表情と共に、今回の事件の真相を真名に教えてくれる。

 真名は粘度の高い亜紀の想念から何とか自分の心をずらすと、泰明に呼びかけた。

「泰明さん、予定通りにお願いします」

 真名の言葉を受けて、泰明がリビングに入る。亜紀が普段座っている場所を確かめると泰明はそこに腰を下ろした。何も聞こえないことを確認すると、改めて柏手を打ち、五芒星を切った。
 見鬼の才のない亜紀と竜太には不思議な光景にしか見えないだろうが、真名には泰明が何か呪を行うたびにきらきらと黄金の光が散乱するのが見えている。

 一通り陰陽師の業を尽くした泰明はあっさり言った。

「うん。手応えがない」

 途端に竜太が色めきだつ。

「ほら、やっぱりインチキなんだよ」

 泰明がクールな表情で見返した。

「悪霊やあやかしによる障りは実在する。しかし、これはあなたの言うようにインチキだ」

 泰明の表情に竜太が怯む。亜紀の身体を支えていた真名は彼女を座らせると、自分の鞄の中からお札ではなく、トランシーバーのようなモノを取り出した。これから種明かしをします、とことわってスイッチを入れ、亜紀の席の上方にかざす。

「何ですか、それ」と亜紀が眉根を寄せる。

「盗聴器発見機です」

 真名があっさり答えると、竜太の表情が強張った。

「インチキ化け物騒ぎの次は盗聴のでっち上げかよ。てめえら何やってんだよ」
 と竜太が真名に食ってかかろうとするが、泰明が間に割って入った。

「怪異現象の解決が取材の見返りですので。それに、でっち上げかどうかはすぐ分かります」

「ぐっ……」

 竜太を一瞥で黙らせ、真名から盗聴器発見機を受け取った泰明が高く掲げる。発見機にすぐに反応があった。細かく動かしていくとリビングの照明から来ている。泰明は文句を言われるまえにさっさと椅子に上がって照明を外してしまった。天井に繫がっていたソケット部分をいじると小さな機械が出てくる。

「あった」

 竜太が目をそらしていた。亜紀が立ち上がり、覗き込む。

「盗聴器、なんですか?」

「盗聴器ですね」

「では、この部屋は盗聴されていたのですか? でも、神代さんたちはあのすすり泣きを解決するために、いまこれを見つけたんですよね?」

 盗聴器を外した照明を元に戻し、灯りが復活した。泰明が軽やかにフローリングの床に降りる。

「神代、説明しろ」

 きみの案件だから、と泰明の目が言っていた。

「マイクとスピーカーって原理的に一緒なんです。ただ電流の向きが違うだけ。つまりこの盗聴器は盗聴するためのマイクではなく、音を出すためのスピーカーの役割を果たしていたんです」

「…………っ」

 竜太が唇を嚙んでいる。

「私や泰明さんがどんなに法力を駆使しても、この部屋から悪霊やあやかしを見つけ出すことはできませんでした。けれども、西山さんはこの部屋から〝女の人のすすり泣きや呻き声〟が聞こえるとおっしゃっています」

「となれば、考えられる原因は二つ。西山さんがまったくの噓をついているか、この世的な仕掛けがあるか、だ」
 と、泰明が盗聴器――今回はスピーカーとして使われたのだが――を真名から取り上げて眺めた。

「そんなこと、誰がしたんですか」

 亜紀が泣きそうな声で尋ねる。真名は迷った。泰明が軽く真名の背を叩き、先を促す。真名は大きく息を吸って、説明を続けた。

「このアパートは新築で、おふたりの前に住んでいた人はいません。外部から誰かが侵入した可能性も否定できませんが、いちばん疑わしいのは――」と、真名は竜太に向き直り、指さした。「佐藤さん、あなたです」

 竜太の顔が引きつる。無理やり笑ってみせた。

「は、はは。何で俺がそんなことするんだよ」

 すると真名の頭上のスクナが呆れたような声を上げる。

「ふん。大方、新しい女でもできて、そっちに乗り換えようとしているのじゃろう。そのために、女の恨めしがっている念の波を音としてこの女から手を切らそうとしたのではないか」

 スクナが言った〝音は念の波〟というのは、現実的な音波のことを指していたのだった。スクナの見立てはたぶん当たっているのだろうと真名は思った。けれども、そこまでは踏み込む勇気がない……。

「原因は――分かりません。けれども、方法なら分かります。佐藤さんはミュージシャンです。それもパソコンの作曲ソフトなど、デジタルに音を作っていく。ミュージシャンの耳の良さを生かして、佐藤さんは〝自分や他の人には聞こえず、西山さんには聞こえる〟音域を探し出した。その音域ですすり泣きの声を作り、体調不良を訴えるような音を作り出したのです。この盗聴器と佐藤さんのパソコンを調べればすぐに分かりますよ。どうされますか?」

 スカートの中で真名の両足が震えている。けれども、横に泰明がいてくれることで何とか竜太に対峙していた。