「取材って本当に大変なんですね」
「だから、さっきの神代の取材、悪くなかったと思う」
「本当ですか?」と真名が目を丸くする。
泰明が冷ややかな顔のまま顎でしゃくった。さっきの取材を振り返れということだった。真名が紅茶とドーナツをどかして取材ノートを取り出す。泰明が確認してきた。
「西山さんだけに聞こえ、佐藤さんには聞こえない〝女の声〟。話を聞いてて、おかしい思ったところはなかったか?」
真名はノートのメモを振り返る。ざっと目を通して、ある箇所に下線を引いたのを思い出した。そこにはこう書いてある。
「〝すすり泣きが上から聞こえる?〟ってところが引っかかりました」
泰明が頷いた。
「それ。俺も気になった。普通、上から降るように聞こえてくるのは、神仏や天使の声、いわゆる天啓の類のはずだからな」
泰明に肯定されて、真名は少し元気が戻ってきた。
「はい。ああいう〝女のすすり泣き〟みたいな悪霊系の声は耳元で聞こえたり、頭に被さって聞こえたりするような感じだと思います」
「他に気づいたことはないか? 取材内容だけでなく、霊的なことでも」
「……あります」と真名は声を潜めた。「泰明さんも見えていたかもしれませんけど――あの場に悪霊やあやかしはいませんでした」
泰明の怜悧な目つきが鋭さを帯びる。コーヒーを飲もうとしたが、もう空だった。
「神代の見鬼の才は私よりも上だ。深く、広く見られる。その力で、あの部屋に悪霊やあやかしはいなかった、というんだな?」
「はい。ただあのおふたりを煙のように黒いものがぐるぐる巻きにしていて」
「ふむ……」と、泰明がほっそりした指で顎を支える。「スクナさまは何かお気づきのことはありましたか?」
真名の頭の上からテーブルに降りたスクナが楽しげな顔で言った。
「そうじゃのう。音というのは、念いの波じゃからな」
スクナの言い方に真名が首をかしげるが、泰明は真剣な表情で呟く。
「これはひょっとすると……」
真名はすっかりぬるくなった紅茶を飲み干した。その真名に泰明が自分の考えを述べる。泰明の仮説があまりにも意外で、真名はドーナツが残っていることを忘れてしまうほどだった。
そのとき、真名のスマートフォンが鳴った。亜紀からだった。
「はい、神代です」
するとスマートフォンの向こうから、悲鳴に近い声が聞こえた。
『西山です。神代さん、さっきまたあの声が聞こえたんです。来てください!』 さっきの取材のせいで、もう二度と来るなと言われるかもしれないと思っていた真名にとって、亜紀からの着信は渡りに舟だった。
何よりも、泰明がいま話した内容を確認できる。
真名と泰明はコーヒーショップを出て、あるものを近くで探し、それから亜紀の部屋に急いだ。