真夜中にいつも変な音がするの。

 音っていうか、声? 何か誰かが泣いているような声とか呻き声とかで、マジやばいんだけど。

 一緒に住んでる彼氏は何も聞こえないって言うし。

 けど絶対何かいるって。女の人が泣いてる声、いまも小さく聞こえるし。

 録音? 出来ない。だから怖いんじゃん。

 新築だって聞いてたけど、この部屋なんかあったのかな。

 マジでお祓いとかした方がいいの?


 投稿者の書き込みだけを抜き出すとそんな内容だった。名前は西山亜紀。年齢は十九歳。大学二年生。もうすぐこの子も就活なんだなと真名は思った。

 インターホンを鳴らすと明るい女性の声がしてオートロックが開く。四階だった。四階……四……死……などと、どうでもいい連想が真名の頭を回っていた。「これ、妙なことで頭をいっぱいにするでない」とスクナが小さな手で真名の頭を叩いた。

 玄関を開けて出てきた亜紀はほっそりしたきれいな女性だった。やや茶色の長い髪に緩くパーマがかかっている。見たところ普通の女性だったが、不思議な目をしていた。見鬼の才の持ち主、というわけではない。ただ、この世を見ていないような不思議な目をしていた。

「こんにちは。お約束していた神代です」

「初めまして。西山です。どうぞ上がってください」

 新築というだけあって内装もこざっぱりしていた。汚れらしい汚れもなく、まだ新築特有の匂いさえ残っている。リビングに行く途中の部屋に男性が一人、背中を向けて座っていた。ねぐせではないのだが長い前髪がぼさぼさの印象を与える。口ひげをしていた。似合ってないと思う。振り向くと細面で、目が鋭かった。
 男の前にはパソコンがあって、真名が見たことのないソフトが立ち上がっている。真名と泰明が名乗ると、男は「佐藤」と名乗った。

 リビングに真名たちが座ると亜紀が冷たい麦茶を四人分出した。

「竜太もこっち来てよ」と亜紀が廊下から佐藤を呼んでいる。〝竜太〟が下の名前らしい。

「何でだよ」
 と竜太が部屋からぶっきらぼうに答える。

「いいから来てよ」と亜紀が言うと、竜太はこれ見よがしにため息をついて出てきた。だぼだぼのシャツがなおさら気だるげに見える。

「あ、何かお仕事中でしたら……」
 と真名が愛想笑いで取り繕おうとするが、亜紀の方が笑顔で押し切った。

「一緒の部屋のことなんで。彼からも話をしてもらった方が分かりやすいかなって」

 ありがとうございます、と頭を下げながらも頰が引きつる。すると、泰明が涼しげな笑顔で竜太に質問した。

「佐藤さんは音楽関係の仕事ですか」

「え?」と竜太が目を丸くする。

「先ほど部屋で触っていたソフト、あれは作曲ソフトですよね?」

 そうなんだ、と真名が思っていると、さっきまで無愛想だった竜太がはにかんだ。

「あ、そうです。自分、これでも音楽やってるんで」

「すごいですね」と真名が賞賛する。半分はちらっと見ただけで作曲ソフトと見抜いた泰明に対してだった。

「一応、ライブとかもやらせてもらってて」

「彼、すごく才能があるんです。ライブを聞いた人からメジャーデビューの話もいくつか来ているみたいで」

「へえ~」

 現代の音楽事情に詳しくない真名は適当な相づちしか打てない。クラシックの方がまだ会話が続くかもしれないのに。そもそもソフトで作曲とはどういうことなのか、理解が追いついていない。ポップスとロックの区別もよく分からなかった。

「自分、絶対、世界を変えてやろうと思っているんで」
 という竜太を眩しげに亜紀が見ている。

「ふむ。ぞっこん惚れ込んでいるというヤツかの」
 と頭上のスクナが呆れたように言った。

(スクナさま、そんなふうに言っては……)と心の中で真名が止める。

「だってそうじゃろ? 真名が泰明を見るときの目にそっくりじゃ」

 真名は、な、と声を上げて席を立ちそうになった。驚く亜紀と竜太に笑ってごまかす。泰明は知らん顔をしている。最悪だ。横にいる泰明にも霊能力で聞こえているはずなのに……。

「では、せっかくいただいた貴重なお時間ですので、取材を始めますね」
 と泰明がクールな表情で真名を促す。泰明にまったくスルーされるのもつらい。もう帰りたいが、取材はこれからである……。