取材先は三鷹駅からほど近い新築のアパートだった。
オートロックで外観もおしゃれだし、少し歩けば警察署もある。
時間は夕方。
怪異現象が夜起こるというからなるべく遅めの時間にしたのだ。
日曜日のせいもあって人出は落ち着いていて、緑も比較的多いし、住環境としては悪くなかった。
「こんな新しい建物で、夜な夜な呻き声みたいなものが聞こえるのか」
アパートを眩しげに見上げながら、スクナが独り言を言う。
「やっぱり何かの間違いだったんでしょうかね」
と、真名が肩を落とす。その真名の頭を、ぽんぽんと泰明が軽く叩いた。
「外れだったら外れでまたネタを探すんだな。――それよりも、せっかくの日曜日を取材に潰してよかったのか? 神代は予定とか無いのか」
微妙に一言多い。
泰明は首からカメラを提げている。そのカメラを構えて周囲の写真を撮っていた。真名の初めての取材――そのうえまだ学生のバイトである――のため、泰明がカメラマンとして同行している。本来の「月刊陰陽師」編集部の方針ならば、一人で取材とカメラマンを兼務することがほとんどだから、これは異例だった。
異例だけれども、同時に〝新人教育〟も兼ねている。カメラで撮ってきてほしいものを覚えてもらうのだった。
「取材となれば相手の人がお休みの土日じゃないとむずかしいですから」
「まあ、それはそうなのだが。今日の分、編集長に言って休日手当てはたんまりつけさせるから」
泰明の言い方が面白くて真名はくすくす笑った。
「ふふ。了解です。……ところで、いまは何の写真を撮っているのですか?」
真名が見る限り、何てことはない風景にしか見えない。ただの住宅地だった。そもそも三鷹は観光地ではない。
「ああ、昨日、記事にほしい写真の話はしただろ?」
「はい。……風景と現場、本人や目撃者の写真です」
私がメモを見ながら答えると、泰明が頷いた。
「それが基本の三点セット。そのうちの風景だが、悪霊がらみの記事という特性上、現場の特定できる写真はあんまりよろしくない。何でか分かるよな?」
分かって当然という圧が強い。
「えっと……。自分の家が悪霊やあやかしがいるところだなんて知られたくないからですか」
泰明が、正解、と頷いた。
「他にも理由はある。もろにその家の写真を撮った場合、その写真を通してのちのち悪霊やあやかしと同通してしまう可能性もある」
「ああ、そうでしたね」
写真は〝感度〟がいいのだ。車がひっきりなしに通り、自転車もたくさん通っている。こんな街中に悪霊もあやかしも同居しているなんて普通の人は思わないだろう。
「あと、場所が特定されてしまうと、その場所に行ってみようとする輩が出てくる」
「怪奇スポット巡りみたいな?」
真名の言葉に泰明がため息をついた。
「そういうことだ。うちの読者はプロ筋だからそんなことはまずしないけど、結構危ないからな、怪奇スポット巡り。人間だって冷やかし半分で自分の家に入ってこられたら嫌だろ?」
「そうですね。ましてや相手は悪霊やあやかしですものね」
「毎年、そういう不心得者が〝祟り〟にあって死んでいる」
泰明がさらりととんでもないことを言った。
「じょ、冗談ですよね?」
「冗談など言ってどうする? ときどきそういう輩の調伏相談があるけど、本人が何が悪かったか分かっていない場合、俺は断っている」
真昼の住宅街にしてはぞっとしない話だった。真名は、乾いた笑いで答えながら、印刷してきたネットの投稿をもう一度見てみた。