「え?」
いまさりげなく重大な事を言わなかっただろうか。陰陽師にとって霊障になるのは褒められたことではない。失敗と言っていい。それをさらりと認めた。ただのドS陰陽師ではない、本当に自分に厳しい性格なのだと真名は思った。
「仕事のキャパを超えると、ケンカが始まったり、思考停止したり、ひどい場合はマジで逃げる。だから自分の仕事能力の平均打率みたいなものは把握しつつ、仕事能力が上がるように努力すること、周りで支え合うことが大事になる」
「学生だとその辺は分からないところですね……」
「片鱗はあるぞ。レポートで逃げようとするとか、レポートは大丈夫でも卒論から逃げようとするとか」
耳が痛い。見透かされているのだろうか。真名は黙って微笑むだけにした。
言われた通り、真名は悪霊調伏の霊符を左手で胸に当てつつ、検索を進めていく。
しばらくの間、オフィスではキーボードを叩く音とクリック音だけがかすかに響いていた。
その沈黙を、真名の独り言が破る。
「あ、固まった」
パソコン島の律樹が目線だけ動かした。隣の泰明が手を休めて真名のノートパソコンを覗く。
「パソコン、調子悪いのか」
「調子悪い、というほどではないと思うのですけど。ブラウザが二回落ちて、今度はいきなり動かなくなってしまって」
真名がそう言うと泰明がパソコンに手を伸ばしてきた。いくつかキーボードを叩いても、マウスを動かしても反応しない。
「もっと真剣に考えろ」
と泰明が鋭い声になった。
「えっ……何をでしょうか」
真名が思わず硬直する。
「目の前で起こっている事態を、だ。特にパソコンの異常」
「何かすごく大事なことが隠れているかもしれないということでしょうか」
「パソコンとか電気機器にはなぜか霊的な影響が入りやすいんだよ」
泰明が再起動をかけようと手を伸ばした。キーが遠いので、パソコンと真名の身体の間に泰明が横になるように入り込んだ形になる。
「や、泰明さん……?」
真名の小さな声で泰明が自分の体勢の不自然さに気づかない。
「何だ?」
「…………何でもありません」
「そうか」
大丈夫ではない。泰明の爽やかなシャンプーの香りが真名の心を激しく揺さぶっていた。
「あ、ついたみたいですね、電源。ありがとうございます」
と早口にいいながら、両手を広げて押し止めるような格好で泰明を遠ざける真名。顔も耳もとにかく熱い。泰明のしれっとした顔を見たらもっと熱くなった。
「やりにくい。ちょっと席変われ」
「はい。もちろんです」最初からそうしていてほしかった。
真名が立ち上がって席を譲り、泰明が真名のノートパソコンのキーをいくつか叩く。
固まっていた。再起動のショートカットも受け付けない。仕方がないので、「よい子は真似するなよ」と独り言を言って、泰明がノートパソコンの電源を直接切った。
「さっき泰明さんがおっしゃっていた、電気機器への霊的な影響なのですけど」
「ああ。よくやられる。だから」と言って泰明は真名のノートパソコンを閉じる。表面に先ほどと同じ悪霊調伏の霊符が張ってある。「こんなふうに張ってあるんだけど、すり抜けてくる奴がいてね」
「どんなときにすり抜けるんですか」
「霊的にヤバい情報を見ているときとか、重要な記事を書いているときとか、締め切り直前とか」泰明は真名のノートパソコンに九字を切ってから電源を入れた。「何か心当たりある? 固まる前に見ていたサイトとか」
「そういえば……ブラウザが二回落ちたときも今回も、同じサイトを見ていたときでした。〝お化けが出る物件〟についてのサイトで、昨日、泰明さんのノートに同じようなテーマがあったのを思いだして調べていたのです」
パソコンが立ち上がる。なるほどね、と呟いて、泰明はブラウザを立ち上げた。
「ばん・うん・たらく・きりく・あく」
と五芒星を切ってから履歴を確認すると、最後に開いたと思われるサイトを開いた。
《事故物件? ただの建築ミス?》とまとめられているサイトだ。
「ここか?」
「はい」
「いま星も切ったし、大丈夫だろう」
泰明がサイトをスクロールさせる。タイトル通り、何らかの奇っ怪な現象が起きるのだが、それが事故物件による何らかの霊的なものなのか、単に立て付けなどの建築上の問題なのかが微妙なラインにある住居の話がたくさん載っていた。