「真名さん、今月の特集記事、よく書けてたね」
 と泰明が真名に笑顔を向ける。いつもは氷のようにドSな彼が、真名にはそんな温かな笑顔をくれたりしたら……。

「あ、ありがとうございます。泰明さんの教え方が上手だったからです」

 真名は赤面しつつ頭を下げる。

「うんうん。いいねいいね。ふたりがいれば『月刊陰陽師』は安泰だ」
 と昭五がお茶を啜っていた。そんな、と真名が謙遜する。すると泰明が台割を持って真名に次号の相談に来た。

「真名さんの柔軟な発想は誌面にも生きるからな。なくてはならない人材だ」

 ――なんて褒められたりしたら、それはうれしいかもしれない……。


 翔子が真名の手を強く握ったので現実に戻ってこられた。

「真名、どうしたの。ぼーっとして」

「あ、ごめん。ちょっと考え事」

 すると翔子が、不意ににまーっと笑った。

「いままでそんなことなかったのに。怪しいなー、真名」

「何言ってるのよ」まさか妄想の世界で優秀な人材になっていたとは言えない。

 翔子が真名の手をつんつんした。

「そのバイト先に、かっこいい男子でもいたんじゃないの?」

「へっ!?」

 変な声が出た。途端に翔子がゴシップ好きそうな顔になる。

「何だ何だぁ? 就職決定と同時に永久就職も内定かぁ?」

 あんなドS陰陽師をかっこいいと言ってはいけないだろう。

「ちょっと待って、ほんとそういうのじゃないから。――あ、今日もバイトなの。そろそろ時間だ」

「今度詳しく聞かせなさいよー」という翔子の声を背に、真名は紅茶をあおってカフェから出ていった。外に出るとやや傾いた日射しが眩しくて、真名は目を細めた。キャンパスを行き交う女子大生を見ながら、バイトのためにひとりで駅へ向かうのにはまだ慣れないなと思う。

 そういえば、翔子に〝かっこいい男子〟と言われたときに、どうして自分は、あのドS陰陽師を思い浮かべたのだろうか……。


 就職内定と永久就職内定を同時に決める、などと翔子が言うものだから、オフィスに行っても真名は何だか意識してしまっていた。

 自分にしては珍しい、と思う。

 真名の家は決して厳格な家柄ではなかったが、陰陽師の家系という事情から普通の家の子供たちとはどこか一線を引いていた。

 真名の両親がそうしていたというより、真名自身がそうだったのだ。真名の両親は逆に普通の子供たちと積極的に遊ばせようとしたのだが、真名の方が普通の子供たちの間では居心地が悪かった。

 普通の子供たちがぬいぐるみで遊んでいる横で、あやかしが跳びはねているのが見えるのだから、我ながらよく正気を保っていたと真名は思う。

 その延長線上で、異性に対しても淡泊というか無関心な人生を生きてきた。高校の頃にちょっとだけいいなと思った先輩はいたけど、みんなで遊びに行ったときに動物霊にめちゃくちゃ憑依されていてげんなりしてしまい、それきりだった。

 その自分が、男性を意識する。

 滅多にない心の動きを、真名は持て余していた。

 ただし――相手が悪い。

 何を考えているのか分からないドS陰陽師。

 氷雪のように美しくも冷たい顔つきに、吹雪のように辛辣な言葉遣い。引かれる要素は本来無いはずである。私はドMか?