これまでの大学生活で、真名は真面目に単位を取ってきた。おかげで、就活の最中であるいまは結構空き時間がある。いままではその間にこつこつと会社説明会のエントリーをしたり、面接の日程の調整をしたり、お祈りメールにため息をついてきた。

「月刊陰陽師」のバイトを始めてからは、さらに「編集の勉強」が加わった。

 授業では出版・印刷に関する科目はなかったから、ゼロからのスタートだ。

 真名は学食のカフェで紅茶を飲みながら、メモや資料を見ながら「月刊陰陽師」の仕事を整理している。

 右手にスマートフォン、左手に泰明から渡された〝台割〟と呼ばれていた表という格好で真名が養護を調べていた。

〝台割〟なる紙にはページ数と記事のタイトルが一覧表で書かれ、それぞれの進捗が書かれていた。曰く「パワースポットで神さまに怒られないためには」「いまさら聞けない式盤の使い方」「実践・悪霊調伏の心構え」などなど。

 どうやらいま作っている「月刊陰陽師」の目次に似ているとは分かるのだが……。

「えっと……台割というのが、一度にどのくらいのページを印刷するか、それぞれのページの内容の割り振りはどうするかを意味する用語――ぜんっぜん分かんない」

 真名が調べていたのは〝台割〟という用語で、泰明が言っていたのは台割の記された表の〝台割表〟の略語としての〝台割〟なのだが、真名には何が何だか分からない……。
 ちなみに泰明がくれた台割、つまり〝台割表〟とは、どのページに何を掲載するかをまとめた出版物の設計書だった。

 真名が四苦八苦していると後ろから同じゼミの翔子が声をかけてきた。ボブヘアの活動的な子だ。真名とは大学一年のときからの友達だった。

「まーなっ」と背後から抱きついてくる。

「わっ。翔子、びっくりするじゃない」

 真名は慌てて台割をひっくり返した。「月刊陰陽師」のことは他言無用。霊能力とは何の接点もない翔子ならなおさら秘密にしなければいけない。

「何? 隠さなくてもいいじゃない」

「あ、えっと、不採用通知だから、見られたくなくって……」

 真名がとっさに噓をつくと、翔子が申し訳なさそうな顔になった。

「あ、ごめん……」

「ううん、いいの」

 自然に声が小さくなる。翔子が純粋に真名の就活を心配しているのが分かって、良心が痛んだ。こういう噓は罪になるのだろうか。ならない、と信じたい。何しろ、陰陽師業界のトップシークレットみたいな出版会社なのだ。一般人に情報を漏らした場合の例は聞きそびれていたが、あまりよいことはないと思う。

 翔子が向かいの席に腰を下ろした。

「そういえば翔子はもう就職活動、終わったんだよね」
 と真名が笑顔で尋ねたのだが、翔子は相変わらず心苦しげな表情をしている。

「うん。第一志望の商社から内定もらえたから」

 そんな顔をしないでほしい。真名が噓をついたのがいけないのだし、あえてこんな質問をしたのも真名が他に聞きたいことがあったからだ。

「よかったねー。おめでとう。翔子、商社に入りたいってずっと言ってたもんね」と真名が満面の笑顔になると、翔子も少し微笑んだ。

「ありがとう」

 翔子の気持ちが明るくなるように、ちょっとだけ呪を使っている。

「ふふ。よい友達に恵まれているではないか」と頭上のスクナが笑っていた。真名は心の中でスクナにお礼を言う。ここで迂闊に反応しては怪しいからだった。

「翔子って、商社の他にどんなところ回ったっけ。出版関連とか行った?」

「ううん。行かなかった」

「そっか」

 もし翔子が出版業界も回っていたとしたら、基礎的な専門知識を教えてもらえるかと思ったのだ。たとえば〝台割〟とか。

「真名、出版業界志望だっけ?」

「うん。教育か出版希望」

 ふーん、と言った翔子が笑顔でこう言った。

「真名、出版業界もありかもね」

「え?」

「だって本を読んだり調べ物したりするの、好きでしょ?」

 うーん、と真名は腕を組む。読書も調べ物も好きだから、「月刊陰陽師」のバイトが興味深いのは事実だった。けれども、出版方面で自分の仕事とするかどうかまでは突き詰めて考えていない。