横の律樹が立ち上がり、自分のデスクの引き出しから何かを取り出して真名の前に置く。一口チョコだった。

「はい、チョコレート。あげる」

「あ、ありがとうございます」

「あの金髪男は辞めてよかったんですよ、編集長? 僕が千里眼でその後の素行調査までしたじゃないですか。作家同士のオフ会で、若い女性作家の隣ばかり座って酒飲んで遊んでるって」

 泰明だけでなく、その式神の律樹にも昭五が叱られている。もらったチョコを大切に食べながら、真名はちょっとかわいそうになってきた。

「そうだったねぇ……」

「とりあえず、霊能力のある陰陽師がふたりダメ出しをしたのですから、この記事は没。あの金髪作家もどきは出禁。いいですね?」

 例の記事を手に立ち上がった泰明が、昭五の返事を待たずに記事をシュレッダーにかける。ばりばりといい音を立てて消えていく。ついでに記事に宿っていた邪気も雲散霧消していくのが真名には見えた。

 突然、昭五が立ち上がった。

「神代真名さん!」

「はい!?」

「きみの霊能力は本物なんだね! おかげでうちの雑誌に変な人の記事を載せなくて済んだよ! ありがとう!」

 昭五が真名の手を取って固く握手し、ぶんぶん振っている。さっきまで泰明たちに突っ込まれていたのはなかったかのようだ。

「お、お役に立てて、よかったです」

「うんうん。いいねいいね。そうなんだよ、きみは〝お役に立った〟んだよ」と握手をぶんぶん振っていた昭五が動きを止めて真名の目を覗き込んだ。「今日は遊びできてもらう約束だったけど――そのきみの力、誰かの役に立つためにここで使ってみないかい? 具体的にはアルバイト。時給千七百円、交通費支給」

 真名は、はっとした。
 ここでなら自分の力を生かせそうだというのは分かる。
 けれども、不安もあった。
「月刊陰陽師」編集部で働き出したら、もう一般企業では働けないのではないか。実質、陰陽師専業と変わりないのではないか。
 仕事だけではなく、恋愛も……。

 はっきり言えば、まだ〝この世〟に未練があったのだ。

 アルバイトとして時給が結構よさげなことは分かっているけれど……。

 返事に迷った真名が泰明の顔を見た。

「ここでしばらくバイトしてみればいいだろ」

「え……?」

「未経験でも俺たちがしごけばいいし」

 物騒な物言いに、真名の顔が引きつる。

「はは……」

「さっきみたいにヤバいときには、俺が調伏してやるから」

 泰明が真名のことを心配してくれているのだと思おう。
 いるよね、小学生でもこういう不器用な物言いの男の子。
 ……それにしては目つき鋭すぎのドS陰陽師だけど。

「どうしよう……」

 真名が頭の上に尋ねる。

「知らん」と予想通りの答えのあと、スクナはこう付け加えた。「何事もちゃれんじ精神じゃ」

 そっか。そうだよね。チャレンジ精神なら、いっか。

 スクナさまも、少なくとも反対していないし。

 真名は楽観的に考えることにした。霊能力を秘密にしながらの人間関係でない分、恵まれているのだと思うことにする。

 真名は昭五の握手を外してきちんと頭を下げた。

「分かりました。こちらでアルバイトさせてください」

 真名がそう言うと、昭五と律樹が歓喜の声を上げた。泰明は「じゃあ、そういうことで」と言葉少なに言った。怜悧な美貌ながらにこりともしていない。

 何はともあれ、生まれて初めて自分の霊能力が誰かの役に立ったのを知って、真名は少しうれしかった。