煙に乗って書き手の心の声が聞こえる。

 ――ネットで拾った話繋げたってバレやしないんだから。
 ――怪奇スポット? あるわけねえじゃん。霊もあやかしも神仏も噓っぱちだろ。
 ――原稿料のためにやってんの。金になるなら霊能者って噓ついていいじゃん。

 不浄、不正、そして不信心。この書き手はそもそも霊能者ですらない。霊もあの世も否定して、それゆえに霊やあの世から目を背けてほしい悪霊にがっつり憑依されている……。

 一見、「月刊陰陽師」らしい文章に見えるが、書き手の邪心がこもっていて、一皮めくれば完全な〝悪霊憑依〟文章だった。

「もういい。神代さん、精神集中を解け」

「…………」

 真名が答えなかった。泰明が舌打ちする。

「聞こえないのか。神代!」

 ぱんぱん、と空気を震わせる激しい音がした。泰明が柏手を打っている。辺りが凜と浄化され、真名の意識が目の前の記事と外れた。

「あ」記事から見えていた黒い煙も、聞こえていた書き手の邪心も、波が引くように真名から去っていく。編集長と並んで真名の前に座っていた泰明が、右手の人差し指と中指を伸ばした刀印という印を結んだ。

「ばん・うん・たらく・きりく・あく」
 と、泰明が五芒星を切り、真ん中に刀印を振り下ろす。

 真名の顔に風が吹きつけるような感覚がした。五芒星は安倍晴明がよく使ったことで知られ、晴明神社にも数多く描かれている。いま泰明はその五芒星の修法で悪霊記事の障りを真名から祓ったのだった。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」
 と真名が言うと泰明が大きく息を吐く。

「結構、顔色ヤバかったな」

「そうでしたか」と真名は麦茶を飲んだ。真名がいま見たもの、感じたものを説明する。すると、泰明が眉間にしわを寄せた。

「そこまで深く読むことができるとは……。あいつが悪霊にやられていることは分かったけど、俺にはあいつが本当は神仏も霊も何も信じていないところまでは見抜けなかった」

「はあ……」としか真名には言えない。自分の法力がどのくらいのものなのか、誰かと比較したことがなかったからだ。真名には泰明の方が優れた法力を持っている――見鬼の才も十分で、いざとなれば調伏やお祓いがきちんとできる――と思ったのだけど、自分にも優れたところがあるのだろうか……。

 だとしたら、少しだけうれしかった。

「いずれにしても、神代を危険な目に遭わせたことには変わりない。すまなかったな」

 泰明がそんなことをいうものだから、真名はかえって恐縮してしまう。

「あ、そんな……」

 昭五が爆発している頭をばりばりと搔いた。

「うーん。やっぱりダメだったかぁ。少しは書ける人だったから期待したんだけど」

「法力がないからってそこは見抜くべきでしょ、編集長」

「うん……」

 四十過ぎの昭五が二十代半ばの泰明にやり込められている。やはり、倉橋家とそれに仕える家なのだなと真名は思った。

「だいたい来たときから怪しかったでしょ、あの金髪男。自称〝霊能者〟で名刺の肩書きは自称〝作家〟。辞めておけと俺は言ったはずだ」

「いやー、人は見かけによらないってこともあるし」

「まあ、見るからに霊能者っぽい格好の人間よりは安心かもしれないが、どうみてもあれは神社より雀荘が似合う中年オヤジだ」

 一体どんな人だったのだろう。記事の悪霊はどうからすっかり回復した真名はかえって興味が湧いてきた。