律樹が冷蔵庫から麦茶を出している。

 昭五がぱっと明るい笑顔になった。

「うちは業界の良心であろうとしているので〝悪霊能力者〟の文章は載せられない。だから、自分たちの霊調管理はもとより、外部のライターさんのクオリティもチェックしなければいけないんだけど……」

「編集長は法力ないからね」
 と麦茶を運んできた律樹が朗らかに言い放った。

「はっはっは。まあ、そういうことで、この文章、ちょっと神代さんの見鬼の才で見てくれないかな?」

「ええっ!?」

「文章としては、まあイケると思うのだけど」と、麦茶で喉を湿らせた昭五が真名を拝むようにした。「この通り。私を助けると思って、見てちょうだい」

 真名は泰明と律樹に視線を走らせた。泰明はやれやれと言いたげな顔で頭を搔いていて、律樹は「がんばれ」と真名にサムズアップで答える。昭五に目を戻せば、相変わらず懇願する表情で真名を見つめていた。

 こんなふうにされたら逃げようがない。真名は麦茶を一口飲む。

「分かりました。やってみます」

「おお、ありがとう!」と昭五が手を叩いた。

「でも、私だけの見立てで心配だったら、泰明さんにも見てもらってくださいね」

 真名は神棚に手を合わせて呼吸を整えたあと、自称〝霊能者〟の書いてきた記事に目を落とした。「八王子怪奇スポットのエクソシスト体験談」というタイトルは怪奇雑誌そのものだが、「月刊陰陽師」の範疇ではあると言うことか……。

 記事にざっと目を通す。

 タイトルの通り、八王子の怪奇スポットで周辺住民が困っているのを、法力で撃退したというあらすじだ。

 ライターらしく文章は上手だな、と思った。

 けれども、文章のあちらこちらに「月刊陰陽師」への妙な賞賛が入っている。まるでごまをすっているみたいだった。

 それだけで〝不浄〟なものが感じられる。真名は顔をしかめた。

「大丈夫か? 無理はするなよ」とスクナが声をかける。

「大丈夫です」と言って、文章を読み進めた。

 たぶん、もうすぐ分かる――。

 紙をめくった。

 そのとき。

 あ、繫がった、という感覚が真名の中に生じた。

 中程まで読んだ辺りだ。

 ただ記事を読んでいるという行為が一変した。

 小手先の文章力で取り繕っていた書き手の本心が伝わってくる。

 真名はさらに眉をしかめた。

 記事を持っている指にびりびりと不快なしびれが走る。指にとどまらず、手首まで電気にも似た感覚が忍び寄り、真名は記事から指を離した。両手の不快感を拭っていると、紙面から真っ黒い煙がふらふらと立ち上っているのが見える。生ゴミのような匂いがしてきた。煙も匂いもすべて霊的なものだが、それだけに真名の心に直接感知される。真名は左手で口元を押さえた。