「なんか俺、今ぐにゃって踏んだわ」

「カエルじゃない? さっきもでかいの逃げていったよ」

普通の女子なら悲鳴を上げてもおかしくないのに早坂はカエルくらいじゃ驚かない。自然豊かなこの町で育った強さなのか、大抵の生き物は素手で捕まえてしまう。

「早坂って(たくま)しいから東京行ったほうがモテると思う」

「男は逞しい女より弱い子のほうが好きなんだよ」

「え、そうなの? 俺は逞しい女子のほうが目を惹くけどな」

自分に出来ないことをしてるとすごいって思うし、そこからどんどん気になっていく。

ああ、だから俺はあの頃、響のことばかりを目で追っていたのかな。

大勢で群れることを嫌い、ひとりでいるのに妙に堂々としてるからカッコよく見えていた。

「目を惹くって言ったって、旭は私のこと女として見てないじゃん」

「なんで? 俺お前のこと男だって思ったことなんて一度もないけど?」

「あのさ、そういう意味じゃないのよ。それ本気で言ってんならマジで田んぼに沈めるから」

「はは、面白そう」

「……ああ、本当にもう!」

苛立ちを当て付けるように、早坂が土を投げてきた。それはべちゃりと俺のジャージに命中する。

「バカ、お前、こういうのは外して投げる……うぐっ」

まだ喋っているというのに、今度は顔に当たった。口の中に土が入って、俺は慌てて吐き出す。

「あははは、ヤバい! ウケる!!」

「この……!」

結局俺たちはムキになって、土の投げ合いを始めてしまった。それでもなんとか田植え作業も進めて、終わる頃にはふたりして悲惨な姿になっていた。

「調子乗りすぎたね」

「だな」

身体中についた土は、太陽にさらされて灰色に固まっている。横田のじいちゃんもちょうど自宅へと帰ってきたので、庭先のホースを借りて、今度はお互いに水をかけ合った。