彼の住んでいる町は、静かだった。まるでここだけ時間軸が違うような気分になり、田園風景が永遠に続いている。
ねえ、旭。
私はずっと自分以外のものになりたかった。
誰にも知られずに咲いて散っていく花でもいい。
誰にも気づかれずに流れていく雲でもいい。
私は私じゃないものになれたらいいと思っていた。
でもね、私、本当は自分にしかないものを探してた。
どんな自分でいたいのか、どんな自分になりたいのかを考えてきた。
今ならはっきりと言える。
私は、私のことを好きな自分でいたい。
きみのおかげで、ようやく答えが見つかった。
「響」
夜が明けていく。辺りが青色に包まれる。
まっすぐ伸びている畦道の向こう。
柔らかそうな黒髪を揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる人影。
その足が私の前で止まる。
そこには、私の知らない十七歳のきみがいた。
「……っ、あさひ……っ」
嬉しくて動けないでいると、彼が暖かい指先で涙に触れてくれた。
「響、会いたかった。ずっと」
その声が、その瞳が、その温もりが、今は手の届く場所にある。
「私も、私もだよ……!」
長い時間を経て私たちは二年ぶりに再会をした。