優しかった父さんらしい理由だ。それで母さんがあの頃、事故だったと俺に言ったことも理解できる。
おそらくあの時に、今と同じ説明をされても俺はなにひとつわからなかった。
父さんには父さんのことを取り巻く世界があったということ。そこで生まれた悩みに苦しんでいたこと。
突発的だったのか、計画的だったのか、それは父さんしか答えを持っていない。
けれど、大切にしていたフィルムカメラを俺に預けていったということは、酔っ払った勢いではなかったことが窺える。
今まで、なんで、どうしてって考えてきたけれど、今は悩みなんてない穏やかな場所にいてほしいと思う。
それで、できれば俺と母さんの姿を見ていてほしいと願っている。
「母さんは……父さんのことを思い出したくないからこの町に来たの?」
「違うわ、逆よ。あの人ね、この風情ある町が好きでいつかこっちで暮らせたらいいねってずっと言ってたの。私も都心から離れてのんびりしたかったし、もちろん旭の体のことも考えて引っ越すことを決めたのよ」
「そうだったの? 俺、てっきり母さんは父さんのことが許せないんだと思ってた」
だから、父さんが建てた家を手離したのだと。父さんとの思い出を遠ざけるための手段として、ここに住むことを選んだのだと、勝手に思い込んでいた。
「ダメね。ちゃんと向き合って話さないと。私も旭のことを子供扱いするばかりで気持ちもろくに聞いてあげなかったことを反省してる」
目を見て話さないとわからないことがある。
俺も自分のことをまだ子供だからと思ってきた。だから自分の考えが正解なのかわからずに、結局胸の中へと押し込んでしまう。
でも突き通したいと思うことは、すでに自分の心でははっきりとしていた。
これは正解じゃないかもしれない。けれどなにもしないで泣くのは十四歳で十分だ。
「母さん。あとひとつだけ話したいことがあるんだけどいい?」