俺は久しぶりに机の引き出しを開けた。そこには父さんのフィルムカメラが入っている。

こういうの遺品って言うのかな。それとも形見?

機械類は触らないと壊れるなんてよく聞くけれど、見た感じ故障などはしておらず、裏蓋の開閉やシャッターボタンも正常だった。

「旭、ご飯よ」

「うん、今行く」

俺はフィルムカメラを部屋に置いて、リビングへと向かう。食卓には母さんの得意料理である肉じゃがなどの料理が並んでいた。

父さんが死んでから、そのことについて母さんと話したことはない。

聞いてはいけないと子供ながらに察していたし、俺も話したいと思わなかった。

きっとまだ信じられていないんだ。あんなに大きく見えていた父が、自ら命を絶ったことを。

「あのさ、少しいい?」

「どうしたの?」

「父さんのことなんだけど」

すると、母さんの箸が止まった。俺も食べながらする話じゃないと箸を置く。

なにから話そう。なにから聞こう。いや、そうやって言葉を飲み込むのはよそう。

じゃないと、母さんの前で父さんの名前を出した意味がない。

「父さんが橋から落ちたこと。あれって事故ではないよね?」

すぐに否定されると思っていたけれど、母さんの返事は意外なものだった。

「ええ、事故じゃないわ。やっぱり気づいていたのね」

「うん。なんで父さんは自分で身を投げたりしたの?」

「あの人は当時仕事のことでずいぶんと悩んでいたの。元々家庭に仕事を持って帰ってくる人じゃなかったから詳しい話は聞いてなかったんだけど、葬儀のあと部下だった方から色々と聞かせてもらった」

「なんて?」

「会社のほうから一緒にやってきた仲間を人員削減のために切ってほしいと言われていたらしいわ。でも俺にはそんなことできないって、かなり思い詰めていたそうよ」

母さんの話を聞いて、俺は混乱というより納得という感情のほうが先立っていた。